風すこしうち吹きたるに、人は少なくて、さぶらふかぎりみな寝たり。この院の預りの子、睦ましく使ひたまふ若き男、また上童ひとり、例の随身ばかりぞありける。召せば、御答して起きたれば、「紙燭さして参れ。随身も弦打して絶えず声づくれと仰せよ。人離れたる所に心とけて寝ぬるものか。惟光朝臣の来たりつらんは」と問はせたまへば、「さぶらひつれど仰せ言もなし、暁に御迎へに参るべきよし申してなん、まかではべりぬる」と聞こゆ。このかう申す者は、滝口なりければ、弓弦いとつきづきしくうち鳴らして、「火危し」と言ふ言ふ、預りが曹司の方に去ぬなり。内裏を思しやりて、名対面は過ぎぬらん、滝口の宿直奏今こそ、と推しはかりたまふは、まだいたう更けぬにこそは。(下に続く)
↓ 現代語訳
風が少し吹いていて、(宿直の)人は少なくて、お仕えしている人たちは、みな寝ている。 この院の管理人の子で、親しくお使いになっている若い男、そのほかにはこどもが一人と、いつもの随身だけがいたのだ。(管理人の子を)お呼びになると、お答えして起きてきたので、(源氏は)「紙燭(しそく)を灯して持って来い。(そして)『随身(ずいじん)も弦(つる)打ちして、絶えず声を出して警戒せよ。』と命令しなさい。人げのないところで、気を許して寝ていていいものか、(寝ていてはいけないのだ)。惟光(これみつ)の朝臣(あそん)が来ていたであろうに、どこへ行ったのか。」とお尋ねになると、(管理人の子は)「控えておりましたのですが、『ご用もない、暁にお迎えに参ろう。』と申して、退出いたしました。」と申し上げる。このこうお答えした男は、滝口の武士であったから、弓の弦をまことに感じよく打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方へ向かう様子である。宮中を思いやりなさって、名対面(なたてめん)は過ぎたであろう。滝口の宿直奏がちょうど今だと、推量なさるのは、まだたいして夜が更けていない(時間帯なの)のであろう。
帰り入りて深りたまへば、女君はさながら臥して、右近はかたはらにうつ伏し臥したり。「こはなぞ、あなもの狂ほしのもの怖ぢや。荒れたる所は、狐などやうのものの人おびやかさんとて、け恐ろしう思はするならん。まろあれば、さやうのものにはおどされじ」とて引き起こしたまふ。「いとうたて乱り心地のあしうはべれば、うつ伏し臥してはベるや。御前にこそわりなく思さるらめ」と言へば、「そよ、などかうは」とてかい探りたまふに息もせず。引き動かしたまへど、なよなよとして、我にもあらぬさまなれば、いといたく若びたる人にて、物にけどられぬるなめりと、せむ方なき心地したまふ。
↓ 現代語訳
(源氏が)もとの所へお帰りになられて、おさぐりになると、女君は、さきほどのままで横たわっていて、右近はその横にうつぶし伏している。(源氏は)(右近よ、)うつぶし伏しているとは、どういうことだ。ああきちがいじみたこわがりようだなあ。(このように)荒れている所は、狐などのようなものが、『人間をこわがらせよう』として、恐ろしく思わせるのであろう。この私がいる以上、そのようなものには、おどされはしないぞ。」と(言われ)て、(右近を)お起こしになられる。(右近が)「本当に恐ろしくて、気分が悪うございますので、うつぶしていましたの。お姫様こそ、せつなくお思いになっておいででしょう。」と言うので、「そうよ、どうしてこんなにも(おびえなさるのか)。」と、手探りなさったが、(夕顔は)息もしていない。揺り動かしなさっても、ぐにゃぐにゅとして、正体もないようすなので、ひどく子供っぽい人だから、魔性のものに正気を奪われてしまったらしいと、手の施しようもない気持ちがなさる。
源氏物語「宵過ぐるほどに 2/4」(夕顔) 解答用紙(プリントアウト用) へ
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