行幸など見る折、車の方にいささかも見おこせ給へば、下簾ひきふたぎて、透影もやと扇をさし隠すに、なほいとわが心ながらも、おほけなく、いかで立ち出でしにかと、汗あえていみじきには、何事をかはいらへも聞こえむ。
↓ 現代語訳
行幸などの行列を拝見するとき、(供奉の伊周様が私の乗っている)車のほうへちらりとでも視線をお向けになったりすると、車の下簾を下ろして、(それでも)透き影も見えはしないかと扇で顔を隠すのに、何といっても全く我ながら、身のほどもわきまえずに、どうして(宮仕えなどに)出たのかと、汗が流れ出てとてもつらいので、(伊周様に)どんなお返事を申し上げようか、いや、何も申し上げられない。
かしこき陰とささげたる扇をさへ取り給へるに、ふりかくべき髪のおぼえさへあやしからむと思ふに、すべて、さるけしきもこそは見ゆらめ。とく立ち給はなむと思へど、扇を手まさぐりにして、絵のこと、「誰がかかせたるぞ。」などのたまひて、とみにも給はねば、袖をおしあててうつぶしゐたるも、唐衣に白いものうつりて、まだらならむかし。
↓ 現代語訳
ありがたい(唯一の)隠れ場所と顔にかかげていた扇までを取り上げておしまいになったので、振りかけて(扇の代わりに)顔を隠していいはずのところだが、その額際までがみっともないだろうと思うが、すっかり、そのような私のみすぼらしさが見えてしまっていたらたいへんだ。早くお離れになってほしいと思うけれども、(伊周様は私から取り上げた)扇をもてあそんで、(扇の)絵のことを、「これはだれが描かせたの。」などとお尋ねになって、すぐに返してもくださらないので、袖を顔におしあてて突っ伏しているのだが、唐衣におしろいがくっついて、顔もまだらだろうよ。
久しくゐ給へるを、心なう、苦しと思ひたらむと心得させ給へるにや、「これ見給へ。これは誰が手ぞ。」と聞こえさせ給ふを、「給はりて見侍らむ。」と申し給ふを、「なほ、ここへ。」とのたまはす。「人をとらへて立て侍らぬなり。」とのたまふも、いといまめかしく、身のほどに合はず、かたはらいたし。人の草仮名書きたる草子など、取り出でて御覧ず。「たれがにかあらむ。かれに見せさせ給へ。それぞ、世にある人の手はみな見知りて侍らむ。」など、ただいらへさせむと、あやしきことどもをのたまふ。
↓ 現代語訳
(伊周様が)長く傍らにおいでになるのを、「まあ思いやりのない。つらく思っているだろう。」と(中宮様は)お察しになったのか、「これを御覧なさい。これはだれの筆跡かしら。」とお呼びになるが、(伊周様は)「(こちらへ)いただいて見ましょう。」とお答え申し上げるので、(中宮様が重ねて)「まあそう言わずに、やはりこちらへいらっしゃって。」とおっしゃる。「(清少納言が)私を捕まえて立たせないんですよ。」と(冗談を)おっしゃるのも、たいそう当世ふうなおっしゃり方で、私の年齢にはふさわしくなく、きまりが悪い。(中宮様は)だれかが草仮名で書いた草子などを、取り出して御覧になる。(伊周様は)「だれの筆跡でしょうか。彼女にお見せください。(彼女は、)世にある人の筆跡はみな熟知しておりましょう。」などと、ただ(私に)返事をさせようとして、とんでもないことをおっしゃる。
ひとところだにあるに、また前駆うち追はせて、同じ直衣の人参り給ひて、これはいま少しはなやぎ、猿楽言などし給ふを、笑ひ興じ、我も「なにがしが、とあること。」など、殿上人のうへなど申し給ふを聞くは、なほ、変化の者、天人などの下り来たるにやとおぼえしを、候ひ慣れ、日ごろ過ぐれば、いとさしもあらぬわざにこそはありけれ。かく見る人々も、みな家の内出でそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、観じもてゆくに、おのづから面慣れぬべし。
↓ 現代語訳
(伊周様)お一人でさえ恥ずかしくて困っているのに、また先払いの声をさせて、同じ直衣姿の人が参上なさって、この方はもう少し陽気で、冗談などをおっしゃり、(それをみなが)笑い興じて、(女房たちが)自分のほうからも「だれそれが、こんなこと(がありまして)。」などと、殿上人のうわさ話などを申し上げる。それを聞いている私は、「さては、変化の者か、天人などが天下って来たのか。」と思われていたが、宮仕えに慣れ、日がたつと、(当初の驚きは)それほどたいしたことには感じないのだった。このように眼前に見る(宮仕えなれした)古参の女房たちも、みな自分の家から宮仕えに出たばかりのころは、そんな風に思っただろうと、(現実を)よく見ていくにつれて、(私も)自然と場慣れしていくにちがいない。
枕草子「宮に初めて参りたるころ」3/3 解答用紙(プリントアウト用)
トップページ | 現代文のインデックス | 古文のインデックス | 古典文法のインデックス | 漢文のインデックス | 小論文のインデックス |
---|
「小説〜筋トレ国語勉強法」 | 「評論〜筋トレ国語勉強法」 |
---|
マイブログ もっと、深くへ ! | 日本語教師教養サプリ |
---|