枕草子「宮に初めて参りたるころ」2/3  現代語訳

 大納言殿の参り給へるなりけり。御直衣、指貫の紫の色、雪に映えていみじうをかし。柱もとにゐ給ひて、「昨日今日、物忌みに侍りつれど、雪のいたく降り侍りつれば、おぼつかなさになむ。」と申し給ふ。「道もなしと思ひつるに、いかで。」とぞ御いらへある。うち笑ひ給ひて、「あはれともや御覧ずるとて。」などのたまふ御ありさまども、これより何事かはまさらむ。物語にいみじう口に任せて言ひたるに、たがはざめりとおぼゆ。
 ↓ 現代語訳
 大納言様〔=伊周 これちか〕が参上なさったよ。御直衣、指貫の紫の色が、雪に映えてとても美しい。柱のそばにお座りになって、「昨日今日、物忌みでしたが、雪がひどく降りましたので、気がかりで(伺いました)。」とご挨拶になる。(中宮様は)「『山里は雪降り積みて道もなし』(という歌みたいな日だ)と思っていたのに、どうやって(よくもまあ)。」とご返事になる。(伊周様は)お笑いになって、「『今日来む人をあはれとは見む』(というのがその下の句でしたね。そのとおり感心なやつ)と御覧あそばすかと思いまして。」などとおっしゃる会話の妙など、これ以上のすばらしさがあろうか。物語に口に任せて書きたてたすばらしい主人公と、違うところはないようだと感じられる。


 宮は、白き御衣どもに、紅の唐綾をぞ上に奉りたる。御髪のかからせ給へるなど、絵にかきたるをこそ、かかることは見しに、うつつにはまだ知らぬを、夢の心地ぞする。女房ともの言ひ、たはぶれごとなどし給ふ。御いらへを、いささかはづかしとも思ひたらず聞こえ返し、そらごとなどのたまふは、あらがひ論じなど聞こゆるは、目もあやに、あさましきまで、あいなう、おもてぞ赤むや。御くだもの参りなど、とりはやして、御前にも参らせ給ふ。
 ↓ 現代語訳
 中宮様は、白いお着物を重ねた上に、紅の唐綾の表着をお召しになっている。それに黒い御髪がかかっておられるお姿などは、絵に描いたものを、こんなお美しいのは見たことがあるが、現実にはまだ見たこともないので、夢のような気がする。(伊周様は)女房とお話しになり、冗談などを口になさる。(その伊周様への)お返事を、(女房たちが)ちっとも気後れしたようすもなく申し上げ、(伊周様が)ありもしないうそなどをおっしゃるのには、抗弁や反論などを申し上げる(先輩女房の)ようすは、目もまばゆいばかりで、あきれるほどで、わけもなく、はずかしさで自分の顔が赤らむ思いだよ。(伊周様は)お菓子を召し上がるなど、座を盛り上げて、中宮様にも差し上げる。


 「御帳の後ろなるは、たれぞ。」と問ひ給ふなるべし。さかすにこそはあらめ、立ちておはするを、なほほかへにやと思ふに、いと近うゐ給ひて、ものなどのたまふ。まだ参らざりしより聞き置き給ひけることなど、「まことにや、さありし。」などのたまふに、御几帳隔てて、よそに見やり奉りつるだにはづかしかりつるに、いとあさましう、さし向かひ聞こえたる心地、うつつともおぼえず。行幸など見る折、車の方にいささかも見おこせ給へば、下簾ひきふたぎて、透影もやと扇をさし隠すに、なほいとわが心ながらも、おほけなく、いかで立ち出でしにかと、汗あえていみじきには、何事をかはいらへも聞こえむ。
 ↓ 現代語訳
 「御几帳の後ろにいるのは、だれだね。」とお尋ねになるご様子だ。(女房の誰かが私についての)興をそそることをお耳に入れたのだろう、(伊周様が)立ってこちらへいらっしゃるのを、(私はこうなっても)まだ別の所へ(いらっしゃるのだろうか)と思っていると、すぐそばにお座りになって、話しかけたりなさる。(私が)まだ出仕する前からうわさに聞いておられたことなどを、「本当に、そうだったのか。」などとお尋ねになるので、御几帳越しに、よそながらお姿を拝見していてさえ正視できないほどすばらしい(恥ずかしい)と思っていたのに、何とも驚きあきれたことに、直接お向かい申し上げている気持ちは、現実のこととも思われない。行幸などの行列を拝見するとき、(供奉の伊周様が/供奉の殿がたが、私の乗っている)車のほうへちらりとでも視線をお向けになったりすると、車の下簾を下ろして、(それでも)透き影も見えはしないかと扇で顔を隠す(念の入れ方だった)のに、何といっても全く我ながら、身のほどもわきまえずに、どうして宮仕えなどに出たのかと、汗が流れ出てとてもつらいので、(伊周様に)どんなお返事を申し上げようか、いや、何も申し上げられない。


枕草子「宮に初めて参りたるころ」2/3 解答用紙(プリントアウト用) へ

枕草子「宮に初めて参りたるころ」2/3 問題 へ

枕草子「宮に初めて参りたるころ」2/3 解答/解説 へ


枕草子「宮に初めて参りたるころ」1/3 問題

枕草子「宮に初めて参りたるころ」3/3 問題


トップページ 現代文のインデックス 古文のインデックス 古典文法のインデックス 漢文のインデックス 小論文のインデックス

「小説〜筋トレ国語勉強法」 「評論〜筋トレ国語勉強法」

マイブログ もっと、深くへ ! 日本語教師教養サプリ


プロフィール プライバシー・ポリシー  お問い合わせ