枕草子「古今の草子を(清涼殿の丑寅のすみの)」2/2  現代語訳

原文
 「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一条の左大臣殿(師尹)の御娘におはしけると、たれかは知り奉らざらむ。まだ姫君と聞こえけるとき、父大臣の教へ聞こえ給ひけることは、『一つには、御手を習ひ給へ。次には、琴の御琴を、人よりことに弾きまさらむとおぼせ。さては、古今の歌二十巻をみなうかべさせ給ふを、御学問にはせさせ給へ。』となむ、聞こえ給ひけると、聞こしめし置きて、御物忌みなりける日、古今を持て渡らせ給ひて、御几帳を引き隔てさせ給ひければ、女御、例ならずあやしとおぼしけるに、草子を広げさせ給ひて、『その月、何の折、その人のよみたる歌はいかに。』と問ひ聞こえさせ給ふを、かうなりけりと心得給ふもをかしきものの、ひがおぼえをもし、忘れたるところもあらば、いみじかるべきことと、わりなうおぼし乱れぬべし。その方におぼめかしからぬ人、二、三人ばかり召し出でて、碁石して数置かせ給ふとて、強ひ聞こえさせ給ひけむほどなど、いかにめでたう、をかしかりけむ。御前に候ひけむ人さへこそうらやましけれ。
現代語訳
 (ここで中宮様はこんな話をなさる。)「村上天皇の御代に、宣耀殿の女御と申し上げたお方は、小一条の左大臣殿〔藤原師尹〕のご令嬢でいらっしゃると、だれもが存じ上げているであろう。まだ(入内前で)姫君と申した時に、父大臣様がお教え申し上げなさったことは、『まず第一には、お習字の練習をなさい。次には、七弦の琴を誰よりいちだん功みに弾けるようになさいませ。それからまた、『古今集』の歌二十巻全部を暗誦なさるのを、学問にはなさいませ。』と、お教え申し上げなさったと、(村上帝は)かねて耳にしておられて、ちょうど御物忌みであった日、『古今集』をお持ちになって女御のお部屋にいらっしゃって、(間に)御几帳をお引き隔てになったのよ。それで、女御は、『いつもと違って変だわ。』とお思いになったところ、(村上帝は)草子をお広げになって、『某月、何々の折、だれそれがよんだ歌はどういう歌か。』とお尋ね申し上げなさるのを、(女御は)『こう(して『古今集』の暗誦を試してみようというお考え)だったのだわ。』と合点なさるにつけてもおもしろいことではあったが、『覚え違いがあったり、忘れた歌でもあったら、たいへんなことだわ。』と、ひどくご心配になったことでしょう。その方面に熟達した女房を、二、三人ほどお呼び出しになって、碁石で(正答・誤答の)数を置いて数えさせようとなさって、無理にご返事をお求め申し上げなさった様子など、どんなにすばらしく、おもしろい情景だったでしょう。その折に御前に控えていた女房たちのことまでうらやましいわねえ。


原文
 せめて申させ給へば、さかしう、やがて末まではあらねども、すべてつゆたがふことなかりけり。いかでなほ少しひがこと見つけてをやまむと、ねたきまでにおぼしめしけるに、十巻にもなりぬ。『さらに不用なりけり。』とて、御草子に夾算さして大殿籠りぬるも、まためでたしかし。
現代語訳
 (帝が)無理に(女御に)返事をおさせになると、利口ぶって、そのまま下の句まで(お答えするの)ではなかったけれど、一つとして全く間違うことはなかったという。(帝は)『どうかしてやはり少しでも誤りを見つけて終わりにしよう。』と、(女御のあまりに立派な答えぶりに)ねたましいとまでお思いにな(ってこの試験をお続けにな)るうちに、(半分の)十巻にまでなってしまったの。『全くむだ骨折りだったなあ。』とおっしゃって、(帝は)御草子にしおりをはさんで(お二人で)寝室にお入りになったのも、(仲のむつまじくて)またすばらしいことだわ。


原文
 いと久しうありて、起きさせ給へるに、なほ、このこと勝ち負けなくてやませ給はむ、いとわろしとて、下の十巻を、明日にならば、ことをぞ見給ひ合はするとて、今日定めてむと、大殿油参りて、夜更くるまで読ませ給ひける。されど、つひに負け聞こえさせ給はずなりにけり。
現代語訳
 だいぶ時がたって、(帝は)ご起床になると、やはり、このことは勝負が付かなくて終わりなさったとしたら、まことによろしくない、(それに)後半十巻を、明日になったら、別の本をご参照になるおそれがあるとお思いになって、今日中に勝負を決めてしまおうと、灯火をおともしして、夜が更けるまでお読み続けになったのよ。でも、(女御は)最後までお負け申し上げずじまいでいらっしゃいました。


原文
 『上、渡らせ給ひて、かかること。』など、殿に申しに奉られたりければ、いみじうおぼし騒ぎて、御誦経などあまたせさせ給ひて、そなたに向きてなむ、念じ暮らし給ひける。すきずきしう、あはれなることなり。」など、語り出でさせ給ふを、上も聞こしめし、めでさせ給ふ。「我は、三巻、四巻だにえ見果てじ。」と仰せらる。「昔は、えせ者なども、みなをかしうこそありけれ。」「このごろは、かやうなることやは聞こゆる。」など、御前に候ふ人々、上の女房、こなた許されたるなど参りて、口々言ひ出でなどしたるほどは、まことに、つゆ思ふことなく、めでたくぞおぼゆる。
現代語訳
 『帝が、女御のお部屋にいらっしゃって、こういう試問を(お始めになりました)。』などと、父の殿にご注進申し上げに(使いを)遣わせなさったので、(師尹様は)たいへんご心配になって、あちこちの寺に依頼して(祈祷のための)読経などをおさせになって、娘のいる宮中の方角に向かって、一晩中(失敗のないようにと)祈り続けなさったそうよ。風流なことでもあり、また(親の子を思う気持ちに)しんみり心打たれることですね。」などと、中宮様がお話しなさるのを、主上(一条帝)もお聞きになって、ご賞賛になる。(一条帝は)「私なら、三巻か四巻さえ読み終えられないだろうね。」と仰せになる。(女房たちは)「昔は、下々の者たちも、みな風流を身につけていたというわね。」「当世は、こんなすばらしい話は耳にしないわ。」などと、中宮様の御前に侍っている女房や、主上(一条帝)付きの女房で、こちらの御前に出るのを許されている人やらが参って、口々に称賛の言葉を述べなどしている様子は、本当に、何の不足もなく、すばらしく思われた。


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