枕草子「古今の草子を(清涼殿の丑寅のすみの)」1/2  現代語訳

原文
 古今の草子を御前に置かせ給ひて、歌どもの本を仰せられて、「これが末、いかに。」と問はせ給ふに、すべて、夜昼心にかかりておぼゆるもあるが、けぎよう申し出でられぬは、いかなるぞ。宰相の君ぞ十ばかり、それもおぼゆるかは。まいて、五つ、六つなどは、ただおぼえぬよしをぞ啓すべけれど、「さやは、けにくく、仰せ言を映えなうもてなすべき。」と、わび、くちをしがるも、をかし。知ると申す人なきをば、やがてみな読み続けて、夾算せさせ給ふを、「これは、知りたることぞかし。などかう、つたなうはあるぞ。」と言ひ嘆く。中にも、古今あまた書き写しなどする人は、みなもおぼえぬべきことぞかし。

現代語訳
 『古今和歌集』の綴じ本を(中宮様は)ご自分の前にお置きになって、歌の上(かみ)の句を仰せになって、「この下(しも)の句は、何か。」とお尋ねになるのに、総じて、夜昼、念頭にあって覚えている歌もあるが、(それを)すらすらとお答え申し上げられないのは、いったいどうしたわけか。(才女の誉れ高い)宰相の君は十ほど(お答えになるが)、それだって覚えているうちに入るだろうか、いや、入るまい。まして、五つ、六つくらいでは、(覚えていても)「全く記憶にありません。」とお答えするほうがよさそうだが、「そんなふうに、そっけなく、(中宮様の)ご質問の興をそぐような返事ができましょうか、いいえ、できません。」と、女房たちが愚痴を言い、悔しがる様子も、おもしろい。知っていると申し出る人のない歌は、そのまま下の句まで読み続けて、(中宮様が)その場所にしおりをおはさみになるのを、「これは、知っていた歌だわ。なぜこんなに、できが悪いのかしら。」と嘆息する。中でも、『古今集』を何度も繰り返して書き写しなどする人は、全部でも思い出して当然のところだわよ。

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