源氏物語「花のゆかり 1/2」(夕顔)   現代語訳

 六条わたりの御忍び歩きのころ、内裏よりまかでたまふ中宿に、大弍の乳母のいたくわづらひて尼になりにけるとぶらはむとて、五条なる家たづねておはしたり。御車入るべき門は鎖したりければ、人して惟光召させて、待たせたまひけるほど、むつかしげなる大路のさまを見わたしたまへるに、この家のかたはらに、檜垣といふもの新しうして、上は半蔀四五間ばかり上げわたして、簾などもいと白う涼しげなるに、をかしき額つきの透影あまた見えてのぞく。立ちさまよふらむ下つ方思ひやるに、あながちに丈高き心地ぞする。いかなる者の集へるならむと様変りて思さる。
 (源氏が)六条(にお住いの女性のもと)に忍んで通われるころ、宮中から退出して(そちらへお行き)なさる途中の休みどころとして、(源氏の乳母である)大弍の乳母がひどく病気が重くて尼になっているのを、見舞おうとして、五条にある(乳母の)家を探していらっしゃった。御車はいるはずの正門はとざしてあったので、召使いに命じて惟光(これみつ)を呼せて、お待ちになっている間に、ごみごみしたむさくるしい感じのする(五条の)大通りのようすを見渡していらっしゃると、この(乳母の)家の隣に、檜垣というものを新しく作って、上の方は半蔀(はじとみ)を四、五間(けん)ばかりずっとあげて、(この内側にかかっている)簾などもたいそう白くて涼しそうな(家の)中に、美しい顔つきの(女の)、簾を通して見える姿がたくさん見えて、(こちらを)のぞいている。動き回っているらしい下半身を想像すると、いやに背丈が高いような感じがする。(源氏の君は、いったい)どういう者が集まっているのであろうと、物珍しくお感じになる。

御車もいたくやつしたまへり、前駆も追はせたまはず、誰とか知らむとうちとけたまひて、すこしさしのぞきたまへれば、門は蔀のやうなる押し上げたる、見入れのほどなくものはかなき住まひを、あはれに、いづこかさしてと思ほしなせば、玉の台も同じことなり。
(源氏の)御車も非常に目立たぬようになさっている。先払いもおさせにならず、(いったい自分を)誰と分かろうか気をお許しになって、少し車からお覗きになると、門は蔀(しとみ)風に作ってある扉を押し上げてある(構えで)、見たところ奥行きもなく、みすぼらしい住まいであるが、しみじみと、「(この世で)どれがそれと定まった我が家であろうか(たまたまゆきあたたた所が我が家になるに過ぎない)」と悟ってしまわれると、(こんな粗末な家も)宝玉で飾った美しい御殿も(これと)同じようなものである。切懸かけめいたものに、真っ青なつる草がのびのびとはいまわっている中に、白い花が自分一人美しく咲いている。「むこうにおられる方にお尋ねしたい。(白く咲いているのは、何の花か。)」とひとりごとをおっしゃると、御随身(みずいじん)がひざまづいて、「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名はいかにも人のようで(一人前で)ございますが、こんなみすぼらしい家の垣根に咲くのでございます。」と申し上げる。


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