鴻門之会(史記)3/3  書き下し/現代語訳

 沛公已出。項王使都尉陳平召沛公。沛公曰、「今者出未辞也。為之奈何。」樊會曰、「大行不顧細謹、大礼不辞小譲。如今人方為刀俎、我為魚肉。何辞為。」於是遂去。

 ↓《書き下し》

 沛公已(すで)に出づ。項王都尉(とい)陳平(ちんぺい)をして沛公を召さしむ。沛公曰はく、「今者(いま)出づるに未だ辞せざるなり。之を為すこと奈何(いかん)。」と。樊會(★)曰はく、「大行は細謹を顧みず、大礼は小譲を辞せず。如今(いま)人は方(まさ)に刀俎(たうそ)たり、我は魚肉たり。何ぞ辞するを為さん。」と。是(ここ)に於いて遂に去る。

 ↓《現代語訳》

 沛公は(会場の場を)出てしまった。(沛公が帰ってこないので)項王は都尉・陳平に沛公を呼びに行かせた。沛公は(樊會(★)に)言った、「今、退出するとき、別れの挨拶をしなかった。どうしたらいいだろうか。」と。樊會(★)が言った。「大事を行うときは、ささいな慎みなど問題にしませんし、重大な礼を行う時には、小さな譲り合いなどは問題にしません。ちょうどいま、項王たちは刀と俎(まないた)であり、我が方は魚肉のようなものです。(このような時に)どうして別れの挨拶など必要でしょうか。いや、そのような必要などまったくありません。」と。そこで、そのまま立ち去ったのである。



 乃令張良留謝。良問曰、「大王来、何操。」曰、「我持白璧一双、欲献項王、玉斗一双、欲与亜父、会其怒不敢献。公為我献之。」張良曰、「謹諾。」

 ↓《書き下し》

 乃(すなは)ち張良をして留まりて謝せしむ。良問ひて曰はく、「大王来たるとき、何をか操(と)れる。」と。曰はく、「我白璧(はくへき)一双を持し、項王に献ぜんと欲し、玉斗一双をば、亜父に与へんと欲せしも、其の怒りに会ひて敢へて献ぜず。公我が為に之を献ぜよ。」と。張良曰はく、「謹みて諾す。」と。

 ↓《現代語訳》

 そこで張良に留まらせてお詫びさせることにした。張良が沛公に尋ねて言った。「大王は(こちらに)おいでになるとき、何を(おみやげに)持参されましたか。」と。沛公が答えて言うには、「私は一対の白を項王に差し上げようとし、一対の玉斗(翡翠でできた酒ひしゃく)を亜父にあげようとしたのだが、あちらが怒っているので、どうしても差し出すことができなかった。貴公、私にかわって献上してくれ。」と。張良は言った、「謹しんで承知致しました。」と。



 当是時、項王軍在鴻門下、沛公軍在覇上。相去四十里。沛公則置車騎、脱身独騎、与樊?・夏侯嬰・?彊・紀信等四人、持剣盾歩走、従麗(★)山下、道止(★)陽間行。沛公謂張良曰、「従此道至吾軍、不過二十里耳。度我至軍中、公乃入。」

 ↓《書き下し》

 是の時に当たりて、項王の軍は鴻門の下に在り、沛公の軍は覇上に在り。相去ること四十里なり。沛公則ち車騎を置き、身を脱して独り騎し、樊會(★)・夏侯嬰(えい)・斯(★)彊(きんきやう)・紀信等(ら)四人と、剣盾(けんじゅん)を持(ぢ)して歩走し、麗(★)山(りざん)の下より、止(★)陽(しやう)に道して間行す。沛公張良に謂ひて曰はく、「此の道より吾が軍に至るには、二十里に過ぎざるのみ。我が軍中に至れるを度(はか)り、公乃ち入れ。」と。

 ↓《現代語訳》

 この時、項王の軍は鴻門の近くにあり、沛公の軍は覇上にあった。その間の距離は四十里(約十六キロ)離れていた。沛公はそこで(乗ってきた)車と(従えてきた)騎兵をそこに残して身一つで抜け出して、自分だけは馬に乗り、樊會(★)、夏侯嬰、斯(★)彊、紀信ら四人は、剣と盾とを持ち徒歩で従い、麗(★)山のふもとから、止(★)陽(覇上のこと)に通じる道を通って、こっそりと近道を通って帰った。(別れ際に)沛公が張良に言った、「この道から我が軍までは、たった二十里に満たないほどだ。わしが軍に到着するところを見計らって、貴公は中(宴席)に入れ。」と。



 沛公已去、間至軍中。張良入謝曰、「沛公不勝?杓、不能辞。謹使臣良奉白璧一双、再拝献大王足下、玉斗一双、再拝奉大将軍足下。」項王曰、「沛公安在。」良曰、「聞大王有意督過之、脱身独去。已至軍矣。」項王則受璧、置之坐上。亜父受玉斗、置之地、抜剣、撞而破之曰、「矣(★)、豎子不足与謀。奪項王天下者、必沛公也。吾属今為之虜矣。」沛公至軍、立誅殺曹無傷。

 ↓《書き下し》

 沛公已に去り、間(しの)びて軍中に至る。張良入りて謝して曰はく、「沛公盃(★)杓(はいしゃく)勝へず、辞すること能はず。謹みて臣良をして白璧一双を奉じ、再拝して大王の足下に献じ、玉斗一双をば、再拝して大将軍の足下に奉ぜしむ。」と。項王曰はく、「沛公安(いづ)くにか在る。」と。良曰はく、「大王之を督過するに意有りと聞き、身を脱して独り去れり。已に軍に至らん。」と。項王則ち璧を受け、之を坐上に置く。亜父玉斗を受け、之を地に置、剣を抜き、撞きて之を破りて曰はく、「矣(★)(ああ)、豎子(じゆし)与(とも)に謀るに足らず。項王の天下を奪ふ者は、必ず沛公ならん。吾が属今に之が虜と為らん。」と。沛公軍に至り、立ちどころに曹無傷を誅殺(ちゆうさつ)す。

 ↓《現代語訳》

 沛公はすでに去り、こっそり近道をして自軍の陣地に到着した。張良は(宴席に)入って謝って言うには、「沛公は酔ってこれ以上は飲むことができず、ごあいさつもできません。謹んで私め良に命じて、一対の白を捧げ、再拝して大王(項王)の足下に献上させ、一対の玉斗(翡翠でできた酒ひしゃく)を再拝して大将軍(范増)の足下に献上させました。」と。項王が、「沛公はどこにいるのだ。」と尋ねた。張良は、「大王におかれてましては、沛公の過失をとがめる意志がおありと聞き及び、抜け出して一人で帰りました。すでに自軍に到着したでしょう。」と言った。項王は璧を受け取り、座席の傍らに置いた。亜父は玉斗を受け取ると地面に置いて、剣を抜いて突き壊して言うには、「ああ、小僧め、いっしょに策をめぐらすには不足じゃわい。項王の天下を奪う者は、必ずや沛公であろう。わしらの身内は、今に沛公の捕虜にされるだろう。」と。沛公は自軍に到着すると、すぐさま曹無傷を処刑した。

會(★)→ 正しくは口偏
斯(★)→ 正しくない。
麗(★)→ 正しくは馬偏。
止(★)→ 正しくはクサ冠。
盃(★)→ 正しくない。
矣(★)→ 正しくは口偏。




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