鴻門之会(史記)1/3  白文/書き下し文/現代語訳

 沛公旦日従百余騎、来見項王、至鴻門。謝曰、「臣与将軍戮力而攻秦。将軍戦河北、臣戦河南。然不自意、能先入関破秦、得復見将軍於此。今者有小人之言、令将軍与臣有郤。」項王曰、「此沛公左司馬曹無傷言之。不然、籍何以至此。」
 ↓《書き下し》
 沛公旦日(たんじつ)百余騎を従へ、来りて項王に見(まみ)えんとし、鴻門に至る。謝して曰はく、「臣将軍と力を戮(あは)せて秦を攻む。将軍は河北に戦ひ、臣河南に戦ふ。然(しか)れども自(みずか)ら意(おも)はざりき、能(よ)く先(さき)に関に入りて秦を破り、復(ま)た此(ここ)に将軍に見(まみ)ゆるを得んとは。今者(いま)小人の言有り、将軍をして臣と郤(げき)有らしむ」と。項王曰はく、「此(こ)れ沛公の左司馬曹無傷(さうむしやう)之(これ)を言へり。然らずんば、籍何を以(もつ)てか此に至らん」と。
 ↓《現代語訳》
 沛公は翌朝、百余騎を従えて、項王にお目にかかろうと鴻門にやってきた。詫びて言うには、「臣(沛公)は将軍(項王)と力を合わせて秦を攻めました。将軍は河北で戦い、臣は河南で戦いました。しかしながら、自分が将軍より先に関中に入り秦を破ることができ、また、ここで将軍にお目にかかることができるとは思いもしなかったことです。ところで今、取るに足らない者の告げ口があり、将軍に私を仲たがいさせようとしております。」と。すると項王は言った。「それは、沛公の左司馬・曹無傷が言ったのだ。そうでなければ、籍(私)はどうして、このようなことをしようか。」した。


 項王即日因留沛公与飲。項王・項伯東嚮坐、亜父南嚮坐。亜父者、范増也。沛公北嚮坐、張良西嚮侍。范増数目項王、挙所佩玉?、以示之者三。項王黙然不応。范増起出、召項荘謂曰、「君王為人不忍。若入前為寿。寿畢、請以剣舞、因撃沛公於坐殺之。不者、若属皆且為所虜。」荘則入為寿。寿畢曰、「君王与沛公飲。軍中無以為楽。請以剣舞。」項王曰、「諾。」項荘抜剣起舞。項伯亦抜剣起舞、常以身翼蔽沛公。荘不得撃。
 ↓《書き下し》
 項王即日因(よ)りて沛公を留(とど)めて与(とも)に飲す。項王・項伯は東嚮(とうきやう)して坐し、亜父は南嚮して坐す。亜父とは、范増(はんぞう)なり。沛公は北嚮して坐し、張良は西嚮して侍す。范増数(しばしば)項王に目し、佩(お)ぶる所の玉?(ぎよくけつ)を挙げて、以て之に示すこと三たびす。項王黙然として応ぜず。范増起(た)ちて出で、項荘(こうそう)を召して謂(い)ひて曰はく、「君王人と為(な)り忍びず。若(なんぢ)入り前(すす)みて寿を為せ。寿畢(を)はらば、剣を以て舞はんことを請ひ、因りて沛公を坐に撃ちて之を殺せ。者(しから)ずんば、若が属皆且(まさ)に虜(とりこ)とする所と為らんとす」と。荘則(すなは)ち入りて寿を為す。寿畢はりて曰はく、「君王沛公と飲す。軍中以て楽(がく)を為すなし。請ふ剣を以て舞はん」と。項王曰はく、「諾」と。項荘剣を抜きて起ちて舞ふ。項伯も亦(また)剣を抜きて起ちて舞ひ、常に身を以て沛公を翼蔽す。荘撃つことを得ず。
 ↓《現代語訳》
 項王はその日すぐに、疑いが解けたことで沛公をとどめ、ともに酒を酌み交わした。項王と項伯は東に向いて座り、亜父は南に向いて座った。亜父とは范増のことである。沛公は北向きに座り、張良は西に向き(沛公のそばに)控えて座った。范増は何度も項王に目配せし、身に付けている玉訣を持ち挙げて何度も項王に合図し(決断を促し)た。しかし、項王は黙ったままで応じない。范増は座を立ち外に出て、項荘を呼びよせて、こう言った。「君王は残忍なことができない人柄だ。そなたは宴席に入り、進み出て長寿のお祝いをせよ。それが終わったなら、剣舞を願い出て、剣舞にことよせて、沛公を襲い宴席で討ち殺せ。そうしないと、そなたの身内の者は皆、沛公の捕虜にされてしまうだろう。」と。そこで荘は宴席に入り、長寿のお祝いをした。祝い終わって言うには「君王は沛公と宴をともにしています。しかし陣中のこととて、これといった楽しみもございません。どうか剣舞をさせていただきたく存じます。」と。項王「よかろう。」と承知した。項荘は剣を抜いて立ち上がり舞った。項伯もまた剣を抜き立ち上がって舞い初め、常に身をもって(項荘の攻撃から)沛公をかばった。荘は(沛公を)うつことができなかった。



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