源氏物語「住吉参詣」(澪標)2/2   現代語訳

 国の守参りて、御まうけ、例の大臣などの参り給ふよりは、ことに世になくつかうまつりけむかし。いとはしたなければ、「立ちまじり、数ならぬ身のいささかのことせむに、神も見入れ数まへ給ふべきにもあらず。帰らむにも中空なり。今日は難波に舟さしとめて、祓へをだにせむ。」とて、漕ぎ渡りぬ。
 国の守が参上して、ご接待の宴を、普通の大臣などがご参詣なさるときよりは、格別に比類なく(盛大に)開いてさしあげたことだろうよ。(明石の君は)全くいたたまれない思いなので、「(このようなにぎやかなご参詣に)立ちまじって、取るに足りない身の自分が少しばかりのことをしたとしても、神も目をかけて人並みにお扱いくださるはずもない。(と言って今さら)帰るようなのも中途半端だわ。今日は難波に舟をとめて、せめて祓えをだけでもしよう。」と言って、(難波に)漕いで行った。


 君はゆめにも知り給はず、夜一夜いろいろのことをせさせ給ふ。まことに神の喜び給ふべきことをし尽くして、来し方の御願にもうち添へ、ありがたきまで遊びののしり明かし給ふ。惟光やうの人は、心のうちに神の御徳をあはれにめでたしと思ふ。あからさまに立ち出で給へるに候ひて、聞こえ出でたり。
  住吉のまつこそものは悲しけれ神代のことをかけて思へば
げにとおぼし出でて、
  「荒かりし波の迷ひに住吉の神をばかけて忘れやはする
しるしありな。」とのたまふも、いとめでたし。
 源氏の君は(明石の君が来合わせていたことなど)少しもご存じなく、一晩中さまざまな神事をおさせになる。本当に神がお喜びになりそうなことをし尽くして、かつて須磨で立てた大願の願ほどきに加えて、めったにないほど歌舞や管弦の遊びを盛大に行って夜をお明かしになる。惟光のような(源氏の君と辛苦をともにしてきた)人は、心中に神のご加護を身にしみてありがたいと思っている。(源氏が)ちょっと立ち出て来られたときに(惟光は)おそばに侍して、およみ申し上げた。
  住吉の……住吉の松を見ていましても、まずもの悲しくなります。神代の昔ならぬ須磨・明石への流離のころのことを心にかけて思い出すものですから。
(源氏は)まことにと思い出しなさって、
  「荒かりし・・・荒々しかった波に迷わされたあのころを思い出すにつけても、住吉の神のことを忘れたりするであろうか、決して忘れたりはしないよ。
霊験あらたかだよね。」とおっしゃるのも、まことにすばらしい。



 かの明石の舟、この響きにおされて過ぎぬることも聞こゆれば、知らざりけるよとあはれにおぼす。神の御しるべをおぼし出づるもおろかならねば、「いささかなる消息をだにして心慰めばや。なかなかに思ふらむかし。」とおぼす。御社立ち給ひて、所々に逍遥を尽くし給ふ。難波の御祓へなど、ことによそほしうつかまつる。堀江のわたりを御覧じて、「今はた同じ難波なる。」と、御心にもあらでうち誦じ給へるを、御車のもと近き惟光承りやしつらむ、さる召しもやと、例にならひて懐にまうけたる柄短き筆など、御車とどむる所にて奉れり。をかしとおぼして、畳紙に、
  みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐりあひけるえには深しな
とて給へれば、かしこの心知れる下人してやりけり。駒並めてうち過ぎ給ふにも心のみ動くに、つゆばかりなれど、いとあはれにかたじけなくおぼえて、うち泣きぬ。
  数ならでなにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ
 あの明石の君の舟が、この騒ぎに圧倒されて去って行ったことも(惟光が)お耳に入れると、(源氏は)知らなかったよとしみじみ不憫にお思いになる。これも神のお導きとお思い出しになるにつけても(明石の君のことが)おろそかには思われないので、「せめて一言便りだけでも送って(明石の君の)心を慰めたいものだ。(住吉に来合わせながら会えないで帰ったのなら、)かえってつらく思っているだろうよ。」とお思いになる。住吉のみ社をご出立なさって、あちらこちらであらゆる遊覧をお楽しみになる。難波の祓えなどは、とりわけいかめしく立派におつとめ申し上げる。堀江のあたりを御覧になって、「今はた同じ難波なる。」と、何気なく口ずさみなさるのを、お車のおそば近くにいた惟光が了解したのだろうか、そのようなご用命もあろうかと、いつもどおり懐に準備していた柄の短い筆などを、お車を停めた所で差し上げた。(源氏は、気のきいたことと)感心なさって、畳紙に、
  みをつくし……身を尽くして恋しく思う甲斐があって、この澪標の立つ難波の浦までやって来てめぐりあった、あなたとの縁はまことに深いのですね。
と書いて(惟光に)お与えになったので、(惟光は)明石方の事情に通じている下仕えの者に命じて届けた。(明石の君は、源氏の君の一行が)馬を並べて通り過ぎなさるときにも心が揺れるばかりだったので、(歌一首という)ほんのわずかのお便りだけれども、とてもしみじみと感動してありがたく思われて、泣いてしまうのだった。
  数ならで……取るに足りない身のほどで、何の生きる甲斐もないわが身なのに、どうして身を尽くしてあなたのことを思い始めてしまったのでしょうか。
(澪標)


源氏物語「住吉参詣」(澪標)2/2  解答用紙(プリントアウト用) へ

源氏物語「住吉参詣」(澪標)2/2  exercise 解答用紙(プリントアウト用) へ

源氏物語「住吉参詣」(澪標)2/2  問題 へ

源氏物語「住吉参詣」(澪標)2/2  解答/解説 へ


源氏物語「住吉参詣」(澪標)1/2  問題 へ



トップページ 現代文のインデックス 古文のインデックス 古典文法のインデックス 漢文のインデックス 小論文のインデックス

「小説〜筋トレ国語勉強法」 「評論〜筋トレ国語勉強法」

マイブログ もっと、深くへ ! 日本語教師教養サプリ


プロフィール プライバシー・ポリシー  お問い合わせ