源氏物語「須磨での天変」2/3 (明石巻)   問題

 かくしつつ世は尽きぬべきにやと思さるるに、そのまたの日の暁より風いみじう吹き、潮高う満ちて、浪の音荒きこと、巌も山も残るまじきけしきなり。雷の鳴りひらめくさまさらに言はむ方なくて、落ちかかりぬとおぼゆるに、あるかぎりさかしき人なし。「我はいかなる罪を犯してかく悲しき目を見るらむ。父母にもあひ見ず、かなしき妻子の顔をも見で死ぬべきこと」と嘆く。君は御心を静めて、何ばかりの過ちにてかこの渚に命をばきはめんと強う思しなせど、いともの騒がしければ、いろいろの幣帛捧げさせたまひて、「住吉の神、近き境を鎮め護りたまふ。まことに迹を垂れたまふ神ならば助けたまへ」と、多くの大願を立てたまふ。おのおのみづからの命をばさるものにて、かかる御身のまたなき例に沈みたまひぬべきことのいみじう悲しきに、心を起こして、すこしものおぼゆるかぎりは、身に代ヘてこの御身ひとつを救いたてまつらむととよみて、もろ声に仏神を念じたてまつる。〈 ↓ 下に続く 〉
↓ 現代語訳
 このように天候が荒れすさんだままで、この世は破滅してしまうのではあるまいかと(源氏が)お思いになっていると、その翌日の明け方から風が強く吹き、潮が高く満ちて、波の音が荒いことは、巌も山も砕かれて残りそうもない様子である。雷が鳴り光るようすは今さら言いようもなく、(頭上に)落ちかかるかと思われることがしばしばなので、その場にただ一人も、気を確かに持てる人はいない。(供人)「私はどんな罪を犯してこんな悲しい目に会うのだろうか。両親にも巡り合うことなく、いとしい妻子の顔も見ないで死ななければならないことよ。」と嘆いている。源氏の君は、お心を落ち着けて、どれほどの過失によってこの海岸で命を終わると言うのか(。そんなはずはない。)と気強くお思いになるが、(周囲が)とても騒がしいので、いろいろな色の幣(ぬさ)を捧げさせなさって、(源氏)「住吉の神様、この近辺を静め守りなさっています。本当に衆生済度(しゅじょうさいど)のため、この世にお現われになっている神なら、(なにとぞ)お助けください。」と、多くの祈願をお立てになる。各自が自分の命を二の次にして、このようなお方が世にまたとない有様で、海に沈んでおしまいなることが、たいそう悲しいので、心を奮い立たせて、少し正気なものは皆、身に変えてこのお方一人を救い申し上げようと大騒ぎして、声を補併せて仏や神をお祈り申し上げる。


〈 ↑ 上からの続き 〉
「帝王の深き宮に養はれたまひて、いろいろの楽しみに驕りたまひしかど、深き御うつくしみ大八洲にあまねく、沈める輩をこそ多く浮かべたまひしか。今何の報いにか、ここら横さまなる浪風にはおぼほれたまはむ。天地ことわりたまへ。罪なくて罪に当たり、官位をとられ、家を離れ、境を去りて、明け暮れやすき空なく嘆きたまふに、かく悲しき目をさへ見、命尽きなんとするは、前の世の報いか、この世の犯しかと、神仏明らかにましまさば、この愁へやすめたまへ」と、御社の方に向きてさまざまの願を立てたまふ。また海の中の竜王、よろづの神たちに願を立てさせたまふに、いよいよ鳴りとどろきて、おはしますにつづきたる廊に落ちかかりぬ。炎燃えあがりて廊は焼けぬ。心魂なくてあるかぎりまどふ。背後の方なる大炊殿と思しき屋に移したてまつりて、上下となく立ちこみていとらうがはしく、泣きとよむ声雷にもおとらず。空は墨をすりたるやうにて日も暮れにけり。
↓ 現代語訳
供人曰く)「(源氏の君は、)帝王の深い宮殿で養育されなさって、いろいろの逸楽の贅沢を尽くしなさったが、深い御慈悲は、日本国に広く行き渡り、(悲しみの底に)沈んでるひとびとを多く救い上げなさった。(それなのに、)何の罪によって、多くの非道な波風にお惑いにならなければならないのか。天地の上が見よ、是非をご判断ください。罪を犯していないのに罪に処せられ、官位を奪われ、家郷を離れ、住み慣れた土地を離れ、明け暮れ安らかなことなくお嘆きになっているのに、このような悲しい目まで見、命が尽きようとしているのは、前世での報いなのか、この世で罪を犯したせいなのか、神仏のが公明正大でいらっしゃるのなら、この憂苦をお静めください。」と、住吉のみ社の方角に向いて、さまざまの願をお立てなさる。また海の中においでになる竜王や多くの神々に願をお立てなさると、ますます(雷は)鳴り響いて、(ついに)お住いになっている建物に続いている廊下に落雷した。火炎が立ち上がって、廊下は焼けてしまった。正気を失って、いる者皆うろたえている。(源氏の居室の)背後の方にある、調理用と思われる建物にお移し申して、(そこに)身分の上下なく、多く入りこんで、とても騒がしく、泣きわめく声は雷鳴にも劣らない(ほどだ)。(こうして)空は墨をすったように真っ暗のまま、暮れてしまった。


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