源氏物語「須磨での天変」1/2 (明石巻)   問題


 @なほ雨風やまず、雷鳴り静まらで日ごろになりぬ。いとどものわびしきこと数知らず、来し方行く先悲しさ御ありさまに心強うしもえ思しなさず、「いかにせまし、かかりとて都に帰らんことも、まだ世に赦されもなくては、人笑はれなることこそまさらめ。なほこれより深き山をもとめてや跡経えなまし」と思すにも、「浪風に騒がれてなど人の言ひ伝へんこと、後の世までいと軽々しき名をや流しはてん」と思し乱る。御夢にも、ただ同じさまなる物のみ来つつ、まつはしきこゆと見たまふ。雲間もなくて明け暮るる日数にそへて、京の方もいとどおぼつかなく、かくながら身をはふらかしつるにやと心細う思せど、頭さし出づべくもあらぬ空の乱れに、出で立ち参る人もなし。
 ↓ 現代語訳
 @依然として雨風はやまないし、雷鳴もおさまらないで、幾日かがたった。(源氏の君は、)いっそう辛いことが数知れず起こって、今日までのことも明日のことも悲しいことばかりで、気強くお思いきめることができず、「どうしたらよいのか。こんなだからというので、都に帰ることも、まだ世間から許されたわけでもないのだから、いっそう物笑いになるだろう。(だからといって、)まだもっとここより深い山の中に行って、姿を消してまおうか」お思いになる一方では、「波風に動揺させられて(行方をくらました)などと、人々が言い伝えるようなら、後世までとても軽々しい評判を伝えられ続けられるだろう。」と、煩悶なさる。ご覧になる夢にも、初めの夜に見たのと同じ様子のものばかりが現れてつきまとい申し上げるのをご覧になる。雲の切れ目もない空を幾日も暮らしているにつけて、京のこともいっそう気がかりで、こんな中で死んでいくのであろうかと心細くお思いになるが、頭でさえ外へ出すことのできない天候であったから、お見舞いに参上する者もいない。



 A二条院よりぞ、あながちに、あやしき姿にてそぼち参れる。道交ひにてだに、人か何ぞとだに御覧じわくべくもあらず、まづ追ひ払ひつべき賤の男の睦ましうあはれに思さるるも、我ながらかたじけなく屈しにける心のほど思ひ知らる。御文に、「あさましく小止みなきころのけしきに、いとど空さへ閉づる心地して、ながめやる方なくなむ。   浦風やいかに吹くらむ思ひやる袖うちぬらし波間なきころ」
あはれに悲しきことどもも書き集めたまヘり。ひき開くるより、いとど汀まさりぬべく、かきくらす心地したまふ。
 ↓ 現代語訳
 A(紫の上のいる)二条院から、(お見舞いの者が)無理を押して、ひどい姿でびしょぬれで参上した。道ですれちがうだけでも、人間なのかそれ以外の物か見分けなさることができず、まず追い払うに違いない下賤の男が、親しくなつかしくお思いになられるのも、(源氏は)我ながら面目なく、くじけてしまった心の程度をお思い知りになる。(紫の上の)お手紙に、「あきれるほどおやみない近頃の天気の様子に、長雨が空までも閉じてしまうのではという心地がして、あなたを偲ぶのにその方角もわからず、心を晴らす方法もなくて(暮らしています)。
 浦風や…須磨では浦風はどんな風に吹いていることでしょう。遠くから心配している私の袖も涙にぬれて(荒波の鎮まる時ではないが)涙の絶える時もない、この頃は。」
しみじみと悲しい多くのことをかき集めていらっしゃる。(お手紙を)開くなり、みぎわが溢れるように涙が止めどもなく流れ、その涙で目を暗くする気持ちがなさる。




 B「京にも、この雨風、いとあやしき物のさとしなりとて、仁王会など行はるべしとなむ聞こえはベりし。内裏に参りたまふ上達部なども、すべて道閉ぢて、政も絶えてなむはべる」など、はかばかしうもあらず、かたくなしう語りなせど、京の方のことと思せばいぶかしうて、御前に召し出でて問はせたまふ。「ただ、例の、雨の小止みなく降りて、風は時々吹き出でつつ、日ごろになりはべるを、例ならぬことに驚きはべるなり。いとかく地の底徹るばかりの氷降り、雷の静まらぬことははべらざりき」など、いみじきさまに驚き怖ぢてをる顔のいとからきにも、心細さぞまさりける。
 ↓ 現代語訳
 B(使者が)「京でも、この雨風は、とても不可思議な神仏の啓示であるとして、(臨時の)仁王会(にんおうえ)などが実施されるだろうと申し上げていました。(しかしながら、)宮中に参上なさる上達部の方々なども、どこでも道が塞がっていて(出仕できないありさまですから)、政(まつりごと)も途絶えているありさまです。」などと、はきはきとでもなく、(下級の者が理解していることだけを、)たどたどしい言い方で語るが、(源氏は)京に関することとお思いになるので、もっと聞きたいと、お近くにお呼び出しになってご質問なさる。(使者が、)「ただ、相変わらず、雨が小止みなく降って、その中で風は時々吹き出すような日々が続いて、幾日にもなりますのを、普通とは違うことに驚いているのでございます。(しかも、)本当に今日では、ここ須磨のように、地の底まで突き抜けるようなひょうが降り、雷鳴が静まらないことはこれまでございませんでした。」などと、京のひどい様子に驚き恐れている顔の、とても辛そうなのにも、(供人たちは)心細さがつのるのであった。


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