源氏物語「輝く日の宮 2/2」(桐壺巻)   現代語訳

 源氏の君は、御あたり去り給はぬを、ましてしげく渡らせ給ふ御方は、え恥ぢあへ給はず。いづれの御方も、われ人に劣らむと思いたるやはある、とりどりにいとめでたけれど、うち大人び給へるに、いと若ううつくしげにて、切に隠れ給へど、おのづから漏り見奉る。
 源氏の君は、(いつも父帝の)お側をお離れにならないので、まして(父帝が)しばしばお通いになる女御や更衣の方々は(お供の源氏の君に対して)恥ずかしがって顔を見せずにいとおすことはおできにならない。どの女御・更衣でも、(自分の美しさが)ほかの人より劣っているとお思いになっている方があろうか、(そんな方は一人もなく、)それぞれにとても美しく素晴らしいが、お年を召している方も多かった。その中で、とても若くて可愛らしい様子で、(源氏の君に対してきまりが悪がって)お姿をお隠しになっているが、自然と(源氏の君は、几帳の影などから藤壺の宮の姿を)ちらちらとお見かけ申し上げる。


 母御息所も、影だにおぼえ給はぬを、『いとよう似給へり』と、典侍の聞こえけるを、若き御心地にいとあはれと思ひ聞こえ給ひて、常に参らまほしく、なづさひ見奉らばやとおぼえ給ふ。上も限りなき御思ひどちにて、『な疎み給ひそ。あやしくよそへ聞こえつべき心地なむする。なめしと思さで、らうたくし給へ。つらつき、まみなどは、いとよう似たりしゆゑ、かよひて見え給ふも、似げなからずなむ』など聞こえつけ給へれば、幼心地にも、はかなき花紅葉につけても心ざしを見え奉る。こよなう心寄せ聞こえ給へれば、弘徽殿の女御、またこの宮とも御仲そばそばしきゆゑ、うち添へて、もとよりの憎さも立ち出でて、ものしと思したり。
 (源氏の君は)母の御息所(桐壺の更衣)については、面影さえもおぼえていらっしゃらないが、「(藤壺の宮はあなたの母君に)たいそうよく似ていらっしゃいます。」と、典侍が申し上げていたので、子供心に(藤壺の宮を)とても慕わしい方だとお思いになるようになり、いつも(藤壺の宮のおそばに)参りたく、慣れ親しみ申し上げたいと、お思いになる。帝も、(この二人は)この上なくご寵愛になっている方々同志なので(藤壺の宮に)、『よそよそしくなさらないでください。不思議なほど(あなたをこの子の母に)なぞらえ申し上げてしまいそうな気持ちさえします。失礼だとお思いにならずに、かわいがってやってください。(亡くなった桐壺の更衣は)顔だちや目もとなどが、(あなたに)非常によく似ているので、(あなたがこの子に)似て、(実母のように)お見えになるのも、不似合いではありません。』などと、お頼み申し上げなさるので、(源氏の君は)子供心にも花や紅葉の美しい枝につけても、(藤壺の宮をお慕いする自分の)気持ちをお見せ申して、この上もなく心をお寄せ申し上げていらっしゃるので、弘徽殿の女御は、また、この藤壼の宮とも御仲がしっくりしないので、(嫉妬に)加えて、もとからの憎さも出てきて、不愉快に思っていらっしゃる。


 世にたぐひなしと見奉り給ひ、名高うおはする宮の御容貌にも、なほ匂はしさはたとへむ方なく、うつくしげなるを、世の人、光る君と聞こゆ。藤壺ならび給ひて、御おぼえもとりどりなれば、かかやく日の宮と聞こゆ。
 (源氏の君は、帝が)この世に比べものがないほどお美しいとお思いになり、また世間にも評判高くていらっしゃる藤壺の宮のご容貌に比べても、やはりつやつやとした美しさはたとえようもなく、かわいらしいようすなので、世の中の人たちは『光る君』とお呼び申し上げる。藤壺の宮も(源氏の君と)お並びになって、帝の御寵愛もそれぞれにおとりまさりがないので、(世間の人は)『輝く日の宮』とお呼び申し上げる。


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