源氏物語「輝く日の宮 1/2」(桐壺巻)   現代語訳

 年月に添へて、御息所の御ことを思し忘るる折なし。慰むやと、さるべき人びと参らせ給へど、なづらひに思さるるだにいとかたき世かなと、疎ましうのみ、よろづに思しなりぬるに、先帝の四の宮の、御容貌すぐれ給へる聞こえ高くおはします、母后世になく かしづき聞こえ給ふを、上に侍ふ典侍は、先帝の御時の人にて、かの宮にも親しう参り馴れたりければ、いはけなくおはしましし時より見奉り、今もほの見奉りて、『亡せ給ひにしに御息所の御容貌に似たまへる人を、三代の宮仕へに伝はりぬるに、え見奉りつけぬを、后の宮の姫宮こそ、いとようおぼえて生ひ出でさせ給へりけれ。ありがたき御容貌人になむ』と奏しけるに、まことにやと、御心とまりて、ねむごろに聞こえさせ給ひけり。
 年月がたつにつれて、(帝は)御息所(桐壺の更衣)の御ことをお忘れになる時がない。(もしかしたら)気持ちがまぎれることがあろうかと、(帝は)相当すぐれた女官たちを入内させるが、せめて(亡き更衣と)比較できると思われる方さえも、めったにいない世の中であると、万事がいとわしく思われていたところ、先帝の第四皇女で、ご容貌が優れて美しいという評判が高い女性がいて、母后がこの上なく大切にお育て申されていられる方を、帝にお仕えする典侍は、先帝の御代にもお仕えしていた人で、(その関係で)その母后の御殿にも親しく参上して馴染みがあったので、(姫君が)ご幼少の時から拝見しており、(成人された)今でもちらっと拝見しているので、『お亡くなりになった桐壺の更衣さまのご容貌に似ていらっしゃるという方を、三代の帝にわたり宮仕えしていましても、まだお見かけ申すことができませんが、この后の宮の姫宮さまこそは、とてもよく似たご様子で成長あそばされています。世に稀な美しい器量を備えた方でございます。』と奏上したところ、(帝は)それは本当かとお心がひかれて、丁重に礼を尽くして(先帝の后の宮へ、姫宮の御入内を)お申し込みされたのであった。


 母后、あな恐ろしや。春宮の女御のいとさがなくて、桐壺の更衣のあらはにはかなくもてなされにし例もゆゆしうと、思しつつみて、すがすがしうも思し立たざりけるほどに、后も亡せ給ひぬ。
 (それを聞いた)母后は、『まぁ怖いこと。皇太子の母女御がとても意地が悪くて、桐壺の更衣が露骨に、取るに足らないもののように取り扱われた前例も縁起が悪いとご用心なさって、きっぱりと(入内させる)ご決心がつかなかったが、そのうちにその母后はお亡くなりになってしまわれた。(母后を亡くした姫君は)心細い様子でいらっしゃるので、『ただもう、自分の姫の皇女たちと同じような扱いでお迎えしたい』と、(帝は)たいそう丁重に礼を尽くして申し上げなさる。(そこで)お仕えする女房たちや後見人たち、御兄の兵部卿の親王などは、このようにして心細くおいでになるよりは、内裏でお暮らしあそばされたほうが、きっとお心が慰められるのではなどとお考えになり、(姫君を)入内させ申し上げなさった。


 心細きさまにておはしますに、『ただ、わが女皇女たちの同じ列に思ひ聞こえむ』と、いとねむごろに聞こえさせ給ふ。侍ふ人びと、御後見たち、御兄の兵部卿の親王など、かく心細くておはしまさむよりは、内裏住みせさせ給ひて、御心も慰むべくなど思しなりて、参らせ奉り給へり。
 母后を亡くした姫君は心細い様子でいらっしゃるので、『女御ではなく、ただ自分の姫の皇女たちと同じような扱いでお迎えしたい』と、帝はたいそう丁重に礼を尽くして入内をお勧めになる。お仕えする女房たちや後見人たち、ご兄弟の兵部卿の親王などは『このようにして心細くおいでになるよりは、内裏でお暮らしあそばされたほうが、きっとお心が慰められるのでは』などとお考えになり、姫君を帝の元へ参内させることになった。


 藤壺と聞こゆ。 げに、御容貌ありさま、あやしきまでぞおぼえ給へる。これは、人の御際まさりて、思ひなしめでたく、人もえおとしめ聞こえ給はねば、うけばりて飽かぬことなし。かれは、人の許し聞こえざりしに、御心ざしあやにくなりしぞかし。思し紛るとはなけれど、おのづから御心移ろひて、こよなう思し慰むやうなるも、あはれなるわざなりけり。
 (この方を)藤壺と申し上げる。本当に、ご容貌やその姿は不思議なほどに(桐壺の更衣に)よく似ていらっしゃった。このお方は(先帝の皇女であるから)ご身分が(桐壺の更衣より)すぐれていて、そう思って見るせいか、ごりっぱに見え、他の女御・更衣も貶め申し上げることができないので、(姫君は)誰に憚ることもなく何の不足もない。あの桐壺の更衣のほうは(身分が低かったので)、他の女御や更衣たちが(ご寵愛を独占することを)お認め申し上げなかったのに、帝の御寵愛があいにく深かったのであるよ。(藤壺の入内によって更衣の死を悲しむお心が)お紛れになるというわけではないけれど、自然と帝のお心が(藤壺へと)移っていかれ、この上もなくお慰みになるようであるのも、(憂き世のならわしとはいうものの)感慨深いことである。

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