切懸だつ物に、いと青やかなる葛の心地よげに這ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉ひらけたる。「をちかた人にもの申す」と独りごちたまふを、御随身ついゐて、「かの白く咲けるをなむ、夕顔と申しはべる。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になん咲きはべりける」と申す。げにいと小家がちに、むつかしげなるわたりの、この面かの面あやしくうちよろぼひて、むねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたるを、「口惜しの花の契りや、一房折りてまゐれ」とのたまヘば、この押し上げたる門に入りて折る。
切懸かけめいたものに、真っ青なつる草がのびのびとはいまわっている中に、白い花が自分一人美しく咲いている。「むこうにおられる方にお尋ねしたい。(白く咲いているのは、何の花か。)」とひとりごとをおっしゃると、御随身(みずいじん)がひざまづいて、「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名はいかにも人のようで(一人前で)ございますが、こんなみすぼらしい家の垣根に咲くのでございます。」と申し上げる。(随身の言う通り)なるほどたいへん小さな家が多くむさくるしいこのあたりのあちこちに、見苦しく傾いてしっかりしていない(家の)軒先などに、(夕顔が)はいからんでいるのを(ご覧になって)、「残念な花の運命だなあ。一房折って持って来い。」とおっしゃるので、(随身は)この押し上げてある門の中に入って折る。
さすがにされたる遣戸口に、黄なる生絹の単袴長く着なしたる童のをかしげなる出で来てうち招く。白き扇のいたうこがしたるを、「これに置きてまゐらせよ、枝も情なげなめる花を」とて取らせたれば、門あけて惟光朝臣出で来たるして奉らす。「鍵を置きまどはしはべりて、いと不便なるわざなりや。もののあやめ見たまへ分くべき人もはべらぬわたりなれど、らうがはしき大路に立ちおはしまして」とかしこまり申す。引き入れて下りたまふ。(夕顔)
みすぼらしい家とはいえ、気の利いた遣戸(やりど)口に、黄色い生絹(すずし)の単袴(ひとえばかま)を、わざとすそ長に来た童で、可愛らしいのが出てきて、手招きする。(そして)白い扇でたいそうよく香をたきしめてあるのを(出して)、「これに載せて差し上げてください。枝も風情がなさそうな花ですもの。」と言って、(随身に)与えたので、(随身はちょうど)門を開けて出てきた惟光の朝臣の手で、(源氏の君に)さしあげさせる。(惟光は)「鍵をどこかに置き忘れまして、たいそう不都合なことでございますよ。どこのどなたとお見分けできます人もおりません場末ですが、むさくるしい大通りにお立ちになっていらっしゃって」とおわびを申し上げる。(源氏の君は牛車を門内に)引き入れてお降りになる。
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