源氏物語「明石の姫君の入内 2/2」(藤裏葉)   現代語訳

 いとうつくしげに、雛のやうなる御ありさまを、夢の心地して見奉るにも、涙のみとどまらぬは、一つものとぞ見えざりける。年ごろよろづに嘆き沈み、さまざま憂き身と思ひ屈しつる命も延べまほしう、はればれしきにつけて、まことに住吉の神もおろかならず思ひ知らる。
↓ 現代語訳
  たいそう可愛らしいおひなさまのような姫君のご様子を、(明石の君は)夢の(中の)気持ちで拝見するにつけても、涙がとめどなく流れるのは、(うれしいこともつらいことも)同一のものとは、思えないものだった。長い年月ことにふれて嘆きに沈み、あれこれとつらい運命だと悲観していた命も(今は)いつまでも生きていたいと思うほど、晴れやかな気分になるにつけて、本当に住吉の神の霊験もあらたかであると思い知られる。


 思ふさまにかしづき聞こえて、心及ばぬこと、はた、をさをさなき人のらうらうじさなれば、おほかたの寄せ・おぼえよりはじめ、なべてならぬ御ありさま・かたちなるに、宮も、若き御心地に、いと心ことに思ひ聞こえ給へり。いどみ給へる御方々の人などは、この母君のかくて候ひ給ふを、瑕に言ひなしなどすれど、それに消たるべくもあらず。いまめかしう、並びなきことをばさらにも言はず、心にくくよしある御けはひを、はかなきことにつけても、あらまほしうもてなし聞こえ給へれば、殿上人なども、めづらしきいどみどころにて、とりどりに候ふ人々も、心をかけたる女房の用意・ありさまさへ、いみじくととのへなし給へり。
↓ 現代語訳
 思い通りに(姫君を)大切にご養育申し上げて、行き届かぬことなどは、これといって、少しもない姫君のすばらしさであるから、世間一般の(姫君に対する)人気や評判をはじめとして、一通りでないご様子・ご容貌であるから、東宮も、お若いお気持ちに、(姫君を)まことに格別にお思い申し上げていらっしゃる。(明石の姫君と)競争なさった御方々のお付きの女房などは、(姫君の生母である身分の低い)この母君〔明石の君〕がこうして姫君のおそばにお仕えしていらっしゃるのを、(姫君の声価を損なう、瑕だと言い立てたりするが、それに負かされるはずもない。現代ふうで、比類ないことは言うまでもなく、奥ゆかしく優雅な(姫君の)お人柄を、ささいなことにつけても、(明石の君が)理想的にとりしきり申し上げなさっているので、殿上人なども、ほかにはない風流の才を競う場だし、それぞれに(明石の姫君に)奉仕する殿上人たちも(そこの女房に)懸想したりするが、その女房の心がけや態度までも、(明石の君は)たいそうよく仕込んでいらっしゃるのだった。


 上も、さるべき折ふしには参り給ふ。御仲らひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさし過ぎもの慣れず、侮らはしかるべきもてなし、はた、つゆなく、あやしくあらまほしき人のありさま・心ばへなり。
↓ 現代語訳
 紫の上も、しかるべき折節には参内なさる。紫の上と明石の君の御仲は理想どおりうちとけてゆくけれど、そうかといって(明石の君は)出過ぎたりなれなれしい態度をとったりはせず、当然軽蔑されるような振る舞いも、少しもなく、不思議に理想的な明石の君の態度・性格である。


 大臣も、長からずのみおぼさるる御世のこなたにとおぼしつる御参り、かひあるさまに見奉りなし給ひて、心からなれど、世に浮きたるやうにて見苦しかりつる宰相の君も、思ひなくめやすきさまに静まり給ひぬれば、御心落ちゐ果て給ひて、今は本意も遂げなむとおぼしなる。対の上の御ありさまの見捨てがたきにも、中宮おはしませば、おろかならぬ御心寄せなり。この御方にも、世に知られたる親ざまには、まづ思ひ聞こえ給ふべければ、さりともとおぼし譲りけり。夏の御方の、時々にはなやぎ給ふまじきも、宰相のものし給へばと、みなとりどりにうしろめたからずおぼしなりゆく。
 明けむ年、四十になり給ふ。御賀のことを、おほやけよりはじめ奉りて、大きなる世のいそぎなり。
↓ 現代語訳
 (源氏の)大臣も、長くはないとお思いにならずにいられないこの世でのご存命中にとお思いだった(姫君の)ご入内を、立派に見届け申し上げなさって、(一安心なさったし、また)自ら求めたこととはいえ、身の固まらぬありさま(独身)で体裁が悪かった宰相の君〔夕霧〕も、心配なく見苦しくない状態に身をお堅めになったので、(源氏君も)すっかりご安心なさって、今は本来の志を遂げようという思いにおなりになる。紫の上のお身の上が見捨てがたく思うにつけても、(秋好)中宮がいらっしゃるから、(これが)並々ならぬお味方である。この明石の姫君におかれても、(表向きの)世に知られた親としては、(紫の上を)大切にお思い申し上げなさるであろうから、そういうこと(出家するような)ことがあっても(心配ない)とお任せする気持ちでおられるのであった。(自分が出家したら)夏の御方〔花散里〕は、公的な社交の折々に晴れ晴れしくお振る舞いになることはかなうまいが、これも、宰相〔夕霧〕がおいでだから(安心だ)と、どの女性たちもそれぞれに(その将来は)心配ないというお気持ちに(源氏は)おなりになっていく。
 明年は、(源氏は)四十歳におなりになる。その祝賀の宴のことを、主上をはじめ申し上げて、世をあげてたいへんな準備である。


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