森鴎外「舞姫」2/5(余は幼きころより〜なかだちなりける。)  問題

 余は幼きころより厳しき庭の訓へを受けし甲斐に、父をば早く失ひつれど、学問の荒み衰ふることなく、旧藩の学館にありし日も、東京に出でて予備黌に通ひしときも、大学法学部に入りし後も、太田豊太郎といふ名はいつも一級の首に記されたりしに、一人子の我を力になして世を渡る母の心は慰みけらし。十九の歳には学士の称を受けて、大学の立ちてよりそのころまでにまたなき名誉なりと人にも言はれ、某省に出仕して、故郷なる母を都に呼び迎へ、楽しき年を送ること三年ばかり、官長の覚え殊なりしかば、洋行して一課の事務を取り調べよとの命を受け、我が【    】を成さんも、我が【    】を興さんも、今ぞと思ふ心の勇み立ちて、五十を越えし母に別るるをもさまで悲しとは思はず、はるばると家を離れてベルリンの都に来ぬ。
 余は模糊たる功名の念と、検束に慣れたる勉強力とを持ちて、たちまちこの欧羅巴の新大都の中央に立てり。なんらの光彩ぞ、我が目を射んとするは。なんらの色沢ぞ、我が心を迷はさんとするは。菩提樹下と訳するときは、幽静なる境なるべく思はるれど、この大道髪のごときウンテル‐デン‐リンデンに来て両辺なる石畳の人道を行く隊々の士女を見よ。胸張り肩そびえたる士官の、まだ維廉一世の街に臨める窓に寄りたまふころなりければ、さまざまの色に飾りなしたる礼装をなしたる、顔よき少女の巴里まねびの粧ひしたる、かれもこれも目を驚かさぬはなきに、車道の土瀝青の上を音もせで走るいろいろの馬車、雲にそびゆる楼閣の少しとぎれたる所には、晴れたる空に夕立の音を聞かせてみなぎり落つる噴井の水、遠く望めばブランデンブルク門を隔てて緑樹枝をさし交はしたる中より、半天に浮かび出でたる凱旋塔の神女の像、このあまたの景物目睫の間に集まりたれば、初めてここに来し者の応接にいとまなきもうべなり。されど我が胸にはたとひいかなる境に遊びても、あだなる美観に心をば動かさじの誓ひありて、常に我を襲ふ外物を遮りとどめたりき。
 余が鈴索を引き鳴らして謁を通じ、公の紹介状を出だして東来の意を告げし普魯西の官員は、みな快く余を迎へ、公使館よりの手続きだに事なく済みたらましかば、何事にもあれ、教へもし伝へもせんと約しき。喜ばしきは、我がふるさとにて、独逸、仏蘭西の語を学びしことなり。彼らは初めて余を見しとき、 Cいづくにていつの間にかくは学び得つると問はぬことなかりき。
 さて @官事のいとまあるごとに、かねて公の許しをば得たりければ、ところの大学に入りて政治学を修めんと、名を簿冊に記させつ。
 ひと月ふた月と過ぐすほどに、公の打ち合はせも済みて、取り調べもしだいにはかどりゆけば、急ぐことをば報告書に作りて送り、さらぬをば写しとどめて、つひには幾巻をかなしけん。大学のかたにては、幼き心に思ひ計りしがごとく、政治家になるべき特科のあるべうもあらず、これかかれかと心迷ひながらも、二、三の法家の講筵に連なることに思ひ定めて、謝金を収め、行きて聴きつ。
 かくて三年ばかりは夢のごとくにたちしが、時来たれば包みても包み難きは人の好尚なるらん、余は父の遺言を守り、母の教へに従ひ、人の神童なりなど褒むるがうれしさに怠らず学びしときより、官長のよき働き手を得たりと励ますが喜ばしさにたゆみなく勤めしときまで、ただ所動的、器械的の人物になりて自ら悟らざりしが、今二十五歳になりて、すでに久しくこの自由なる大学の風に当たりたればにや、心のうちなにとなく穏やかならず、奥深く潜みたりし Dまことの我は、やうやう表に現れて、昨日までの E我ならぬ我を攻むるに似たり。余は我が身の今の世に雄飛すべき政治家になるにもよろしからず、またよく法典をそらんじて獄を断ずる法律家になるにもふさはしからざるを悟りたりと思ひぬ。余はひそかに思ふやう、我が母は余を生きたる辞書となさんとし、我が官長は余を生きたる法律となさんとやしけん。 A辞書たらんはなほ堪ふべけれど、法律たらんは忍ぶべからず。今までは瑣々たる問題にも、きはめて丁寧にいらへしつる余が、このころより官長に寄する書にはしきりに法制の細目にかかづらふべきにあらぬを論じて、ひとたび法の精神をだに得たらんには、紛々たる万事は破竹のごとくなるべしなどと広言しつ。また大学にては法科の講筵をよそにして、歴史、文学に心を寄せ、やうやく F蔗をかむ境に入りぬ
 官長はもと心のままに用ゐるべき器械をこそ作らんとしたりけめ。独立の思想を抱きて、人並みならぬ面もちしたる男をいかでか喜ぶべき。危ふきは余が当時の地位なりけり。されどこれのみにては、なほ我が地位を覆すに足らざりけんを、日ごろ伯林の留学生のうちにて、ある勢力ある一群れと余との間に、おもしろからぬ関係ありて、かの人々は余を猜疑し、またつひに余を讒誣するに至りぬ。されどこれとてもその故なくてやは。
 かの人々は余がともに麦酒の杯をもあげず、球突きの棒をも取らぬを、かたくななる心と欲を制する力とに帰して、且つは嘲り且つは嫉みたりけん。されど、こは余を知らねばなり。ああ、この故よしは、我が身だに知らざりしを、いかでか人に知らるべき。我が心はかの合歓といふ木の葉に似て、物触れば縮みて避けんとす。我が心は処女に似たり。余が幼きころより長者の教へを守りて、学びの道をたどりしも、仕への道を歩みしも、みな勇気ありてよくしたるにあらず、耐忍勉強の力と見えしも、みな自ら欺き、人をさへ欺きつるにて、人のたどらせたる道を、ただ一筋にたどりしのみ。よそに心の乱れざりしは、外物を捨てて顧みぬほどの勇気ありしにあらず、ただ外物に恐れて自ら我が手足を縛せしのみ。故郷を立ち出づる前にも、我が有為の人物なることを疑はず、また我が心のよく耐へんことをも深く信じたりき。ああ、彼も一時。船の横浜を離るるまでは、あつぱれ豪傑と思ひし身も、せきあへぬ涙に手巾をぬらしつるを我ながら怪しと思ひしが、これぞなかなかに我が本性なりける。 Gこの心は生まれながらにやありけん、また早く父を失ひて母の手に育てられしによりてや生じけん。
 かの人々の嘲るはさることなり。されど B嫉むは愚かならずや。この弱くふびんなる心を。
 赤く白く面を塗りて、赫然たる色の衣をまとひ、珈琲店に座して客を引く女を見ては、行きてこれに就かん勇気なく、高き帽をいただき、眼鏡に鼻を挟ませて、普魯西にては貴族めきたる鼻音にて物言ふレエベマンを見ては、行きてこれと遊ばん勇気なし。これらの勇気なければ、かの活発なる同郷の人々と交はらんやうもなし。この交際の Hきがために、かの人々はただ余を罵り、余を嫉むのみならで、また余を猜疑することとなりぬ。これぞ余が冤罪を身に負ひて、暫時の間に無量の艱難を閲し尽くすなかだちなりける。

問1 空欄に文意が通るよう、同段落から漢字一字の語を抜き出して記しなさい。★★

問2 Cいづくにていつの間にかくは学び得つると尋ねたのはなぜか。★★

問3 Dまことの我、E我ならぬ我とはそれぞれ具体的にはどのようなものか。★★★

問4 F蔗をかむ境に入りぬをわかりやすく言い換えなさい。★★

問5 Gこの心とは具体的にどういう心をいうのか。★★★

問6 Hの読みをひらがなで記しなさい。★



advanced Q.1 @官事のいとまとはどういう時間か。分かりやすく説明しなさい。

advanced Q.2 A辞書たらんはなほ堪ふべけれど、法律たらんは忍ぶべからずの理由としてどういうことが考えられるか。本文の文意をふまえて所見を述べなさい。

advanced Q.3 B嫉むは愚かならずやというのはなぜか。分かりやすく説明しなさい。



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