夏目漱石「現代日本の開化」1/2  問題

 それで現代の日本の開化は前に述べた一般の開化とどこが違うかと云うのが問題です。もし一言にしてこの問題を決しようとするならば私はこう断じたい、西洋の開化(すなわち一般の開化)は内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。ここに内発的と云うのは内から自然に出て発展するという意味でちょうど花が開くようにおのずから蕾が破れて花弁が外に向うのを云い、また外発的とは外からおっかぶさった他の力でやむをえず一種の形式を取るのを指したつもりなのです。もう一口説明しますと、西洋の開化は Aコウウン流水のごとく自然に働いているが、御維新後外国と交渉をつけた以後の日本の開化は大分勝手が違います。もちろんどこの国だって隣づき合がある以上はその影響を受けるのがもちろんの事だから吾日本といえども昔からそう超然としてただ自分だけの活力で発展した訳ではない。ある時は三韓また或時は支那という風に大分外国の文化に【    】時代もあるでしょうが、長い月日を前後ぶっ通しに計算して大体の上から一瞥して見るとまあ比較的内発的の開化で進んで来たと云えましょう。少なくとも鎖港排外の空気で二百年も麻酔したあげく突然西洋文化の刺戟に跳ね上ったぐらい強烈な影響は有史以来まだ受けていなかったと云うのが適当でしょう。日本の開化はあの時から急劇に曲折し始めたのであります。また曲折しなければならないほどの衝動を受けたのであります。これを前の言葉で表現しますと、今まで内発的に展開して来たのが、急に自己本位の能力を失って外から無理押しに押されて否応なしにその云う通りにしなければ立ち行かないという有様になったのであります。それが一時ではない。四五十年前に一押し押されたなりじっと持ち応えているなんて楽な刺戟ではない。時々に押され刻々に押されて今日に至ったばかりでなく向後何年の間か、またはおそらく永久に今日のごとく押されて行かなければ日本が日本として存在できないのだから外発的というよりほかに仕方がない。その理由は無論明白な話で、前詳しく申上げた開化の定義に立戻って述べるならば、吾々が四五十年間始めてぶつかった、また今でも接触を避ける訳に行かないかの西洋の開化というものは我々よりも数十倍労力節約の機関を有する開化で、また我々よりも数十倍娯楽道楽の方面に積極的に活力を使用し得る方法を具備した開化である。粗末な説明ではあるが、つまり我々が内発的に展開して十の複雑の程度に開化を漕ぎつけた折も折、図らざる天の一方から急に二十三十の複雑の程度に進んだ開化が現われて俄然として我らに打ってかかったのである。 Cこの圧迫によって吾人はやむをえず不自然な発展を余儀なくされるのであるから、今の日本の開化は地道にのそりのそりと歩くのでなくって、やッと気合を懸けてはぴょいぴょいと飛んで行くのである。開化のあらゆる階段を順々に踏んで通る余裕をもたないから、できるだけ大きな針でぼつぼつ縫って過ぎるのである。足の地面に触れる所は十尺を通過するうちにわずか一尺ぐらいなもので、他の九尺は通らないのと一般である。私の外発的という意味はこれでほぼ御了解になったろうと思います。
 そういう外発的の開化が心理的にどんな影響を吾人に与うるかと云うとちょっと変なものになります。心理学の講筵でもないのにむずかしい事を申上げるのもいかがと存じますが、必要の個所だけをごく簡易に述べて再び D本題に戻るつもりでありますから、しばらく御辛抱ごしんぼうを願います。我々の心は絶間なく動いている。あなた方は今私の講演を聴いておいでになる、私は今あなた方を前に置いて何か言っている、双方共にこういう自覚がある。それに御互の心は動いている。働いている。これを意識と云うのであります。この意識の一部分、時に積れば一分間ぐらいのところを絶間なく動いている大きな意識から切り取って調べてみるとやはり動いている。その動き方は別に私が発明した訳でも何でもない、ただ西洋の学者が書物に書いた通りをもっともと思うから紹介するだけでありますが、すべて一分間の意識にせよ三十秒間の意識にせよその内容が明暸に心に映ずる点から云えば、のべつ同程度の強さを有して時間の経過に頓着なくあたかも一つ所にこびりついたように固定したものではない。必ず動く。動くにつれて明かな点と暗い点ができる。その高低を線で示せば平たい直線では無理なので、やはり幾分か勾配のついた弧線すなわち弓形(ゆみがた)の曲線で示さなければならなくなる。
 こんなに説明するとかえって込み入ってむずかしくなるかも知れませんが、学者は分った事を分りにくく言うもので、素人とは分らない事を分ったように呑込んだ顔をするものだから非難は五分五分である。今云った弧線とか曲線とかいう事をそっと砕いてお話をすると、物をちょっと見るのにも、見てこれが何であるかと云うことがハッキリ分るには或る時間を要するので、すなわち意識が下の方から一定の時間を経て頂点へ上って来てハッキリして、ああこれだなと思う時がくる。それをなお見つめていると今度は視覚が鈍くなって多少ぼんやりし始めるのだからいったん上の方へ向いた意識の方向がまた下を向いて暗くなりかける。これは E実験して御覧になると分る。実験と云っても機械などは要いらない。頭の中がそうなっているのだからただ試しさえすれば気がつくのです。本を読むにしてもAと云う言葉とBと云う言葉とそれからCという言葉が順々に並んでいればこの三つの言葉を順々に理解して行くのが当り前だからAが明かに頭に映る時はBはまだ意識に上らない。Bが意識の舞台に上り始める時にはもうAの方は薄ぼんやりしてだんだん識域の方に近づいてくる。BからCへ移るときはこれと同じ所作を繰返すに過ぎないのだから、いくら例を長くしても同じ事であります。これは極めて短時間の意識を学者が解剖して吾々に示したものでありますが、この解剖は個人の一分間の意識のみならず、一般社会の集合意識にも、それからまた一日一月もしくは一年乃至十年の間の意識にも応用の利く解剖で、その特色は多人数になったって、長時間に亘ったって、いっこう変りはない事と私は信じているのであります。
 例えて見ればあなた方という多人数の団体が今ここで私の講演を聴いておいでになる。聴いていない方もあるかも知れないが、まア聴いているとする。そうするとその個人でない集合体のあなた方の意識の上には今私の講演の内容が明かに入る。と同時に、この講演に来る前あなた方が経験された事、すなわち途中で雨が降り出して着物が濡ぬれたとか、また蒸むし暑くて途中が難儀であったとかいう意識は講演の方が心を奪うにつれて、だんだん不明暸不確実になってくる。またこの講演が終って場外に出て涼しい風に吹かれでもすれば、ああ好い心持だという意識に心を専領されてしまって講演の方はピッタリ忘れてしまう。私から云えば全くありがたくない話だが事実だからやむをえないのである。私の講演を行住坐臥が共に覚えていらっしゃいと言っても、心理作用に反した注文なら誰も承知する者はありません。 Fこれと同じようにあなた方と云うやはり一箇の団体の意識の内容を検して見るとたとえ一カ月に亘ろうが一年に亘ろうが一カ月には一カ月を括くるべき炳乎たる意識があり、また一年には一年を纏めるに足る意識があって、それからそれへと順次に消長しているものと私は断定するのであります。吾々も過去を顧みて見ると中学時代とか大学時代とか皆特別の名のつく時代でその時代時代の意識が纏とまっております。日本人総体の集合意識は過去四五年前には日露戦争の意識だけになりきっておりました。その後日英同盟の意識で占領された時代もあります。
 かく推論の結果心理学者の解剖を拡張して集合の意識やまた長時間の意識の上に応用して考えてみますと、人間活力の発展の経路たる開化というものの動くラインもまた波動を描いて弧線を幾個(いくつ)も幾個も繋ぎ合せて進んで行くと云わなければなりません。無論描かれる波の数は無限無数で、その一波一波の長短も高低も千差万別でありましょうが、やはり甲の波が乙の波を呼出し、乙の波がまた丙の波を誘い出して順次に推移しなければならない。一言にして云えば開化の推移はどうしても【    】的でなければ嘘だと申上げたいのであります。ちょっとした話が私は今ここで演説をしている。するとそれを御聞きになるあなたがたの方から云えば初めの十分間くらいは私が何を主眼に云うかよく分らない、二十分目ぐらいになってようやく筋道がついて、三十分目くらいにはようやく油がのって少しはちょっと面白くなり、四十分目にはまたぼんやりし出し、五十分目には退屈を催し、一時間目には欠伸(あくび)が出る。とそう私の想像通り行くか行かないか分りませんが、もしそうだとするならば、私が無理にここで二時間も三時間もしゃべっては、あなた方の心理作用に反して我を張ると同じ事でけっして成功はできない。なぜかと云えばこの講演がその場合あなた方の自然に逆った外発的のものになるからであります。いくら咽喉(のど)を絞しぼり声を嗄(から)して怒鳴ってみたってあなたがたはもう私の講演の要求の度を経過したのだからいけません。あなた方は講演よりも茶菓子が食いたくなったり酒が飲みたくなったり氷水が欲しくなったりする。その方が内発的なのだから自然の推移で無理のないところなのである。

問1 Aのコウウンを傍線部が文意が通じる四字熟語となるよう漢字で記しなさい。★

問2 の空欄に文意が通じるよう動詞の語を適当な形にして記しなさい。★★

問3 Cこの圧迫によって吾人はやむをえず不自然な発展を余儀なくされるとは、なぜ「やむをえず」と言えるのか。わかりやすく説明しなさい。★★★

問4 D本題に戻るの「本題」とは、具体的にはどういう問題なのか。本文から25〜30字の語句を抜き出し、「…問題」という言い方で記しなさい。★★★

問5 E実験が具体的に書かれているのは本文のどの箇所か。その初めと終わりそれぞれ5字で記しなさい。★★

問6 Fこれの指示内容を記しなさい。★★★

問7 空欄に文意が通じるように、本文中から漢字2字の熟語を抜き出して記しなさい。★★


夏目漱石「現代日本の開化」1/2 問題 ヒント

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夏目漱石「現代日本の開化」1/2 解答/解説


夏目漱石「現代日本の開化」2/2 問題



夏目漱石「現代日本の開化」1/2  exercise

 それで現代の日本の開化は前に述べた一般の開化とどこが違うかと云うのが問題です。もし一言にしてこの問題を決しようとするならば私はこう断じたい、西洋の開化(すなわち一般の開化)は@内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。ここに内発的と云うのは内から自然に出て発展するという意味でちょうど花が開くようにおのずから蕾が破れて aカベンが外に向うのを云い、また外発的とは外から【 A 】他の力で Bやむをえず一種の形式を取るのを指したつもりなのです。もう一口説明しますと、西洋の開化は bコウウン流水のごとく自然に働いているが、御維新後外国と交渉をつけた以後の日本の開化は大分勝手が違います。もちろんどこの国だって隣づき合がある以上はその影響を受けるのがもちろんの事だから吾日本といえども昔からそう c超然としてただ自分だけの活力で発展した訳ではない。ある時は三韓また或時は支那という風に大分外国の文化に【 C 】時代もあるでしょうが、長い月日を前後ぶっ通しに計算して大体の上から d一瞥して見るとまあ比較的内発的の開化で進んで来たと云えましょう。少なくとも鎖港排外の空気で二百年も麻酔したあげく突然西洋文化の刺戟に【 D 】ぐらい強烈な影響は有史以来まだ受けていなかったと云うのが適当でしょう。日本の開化はあの時から急劇に曲折し始めたのであります。また曲折しなければならないほどの衝動を受けたのであります。これを前の言葉で表現しますと、 E今まで内発的に展開して来たのが、急に【 F 】の能力を失って外から無理押しに押されて否応なしにその云う通りにしなければ立ち行かないという有様になったのであります。それが一時ではない。四五十年前に一押し押されたなりじっと持ち応えているなんて楽な刺戟ではない。時々に押され刻々に押されて今日に至ったばかりでなく eコウゴ何年の間か、またはおそらく永久に今日のごとく押されて行かなければ日本が日本として存在できないのだから外発的というよりほかに仕方がない。

問1 a「カベン」b「コウウン」e「コウゴ」を漢字で記しなさい。

問2 c「超然」 d「一瞥」の本文での意味として最も適当な者を選び記号で記しなさい。

    c… ア 周囲とかかわらぬさま。   イ 世俗にかかわらぬさま。
       ウ 自慢したさま        エ 気落ちしたさま

    d… ア 熟視すること        イ 軽蔑すること>
       ウ 概観すること        エ 見ぬふりをすること

問3 @「内発的」を説明する時必ず必要となる語は次のどの語か、記号で記しなさい。

    ア 影響  イ 刺激  ウ 曲折  エ 自然

問4 空欄ACDに入る語句を次から選んで記号で記しなさい。

    ア かぶれた  イ 倒れこんだ  ウ 跳ね上がった  ウ おっかぶさった

問5 B「やむをえず一種の形式を取る」とあるが、なぜ「やむをえず」と表現してあるのか。次から一つ選び記号で記しなさい。

    ア 西洋文明の刺激が強烈で、それを内発的に取り込むためには他に方法がなかったから。
    イ 西洋文化の圧力はあくまで一時的に考え、その間は忍耐するしか他に方法がなかったから。
    ウ 常に外国の影響を受けてきたため、西洋文化を取り入れる他に方法がなかったから。
    エ 西洋文化の圧力に屈する他に、日本が国家として存立する方法がなかったから。

問6 E「今まで内発的に展開して来た」とあるが、これをもとに「御維新」直前の国家の状況を説明するとどのようになるか。最も適当なものを次から選び記号で記しなさい。

    ア 全く外国の影響を受けず、完全に一国の内部だけで運営されていた。
    イ 少しずつ外国の影響を受け続けていたが、全体から見ればほぼ一国の内部だけで運営されていた。
    ウ 外国の影響を強く受けていたが、自然な発展をとどめることはなかった。
    エ 少しずつ外国の影響を受けていたが、それを全く無視して眠りこけた状態にあった。

夏目漱石「現代日本の開化」1/2 exercise 解答用紙(プリントアウト用)

夏目漱石「現代日本の開化」1/2 問題

夏目漱石「現代日本の開化」2/2 解答/解説


夏目漱石「現代日本の開化」2/2 問題



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