枕草子「五月の御精進のほど」  問題

 五月の a御精進のほど、職におはしますころ、塗籠の前の二間なる所を、ことにしつらひたれば、例様ならぬもをかし。一日より雨がちに、曇り過ぐす。つれづれなるを、「ほととぎすの声たづねに行かばや。」と言ふを、我も我もと出で立つ。

 《賀茂の奥にある、定子のおじに当たる明順朝臣邸に寄ると、田舎家であるが風情があり、ほととぎすがしきりに鳴いている。中宮様にお聞かせできないのが残念である。田舎の生活をいろいろと紹介し、ご馳走をしてくれるが、いまひとつ趣味ではない。そんなわけでほととぎすの歌を詠むのを忘れてしまった。雨が降り出したので急いで車に乗った。以上のような話題から、次の本文へ続く。》

 二日ばかりありて、その日のことなど言ひ出づるに、宰相の君、「いかにぞ、手づから折りたりと言ひし、下蕨は。」とのたまふを聞かせ給ひて、「思ひ出づることのさまよ。」と笑はせ給ひて、紙の散りたるに、
  b下蕨こそ恋しかりけれ
と書かせ給ひて、「本言へ。」と仰せらるるも、いとをかし。
  cほととぎすたづねて聞きし声よりも
と書きて、参らせたれば、「いみじう受け張りけり。かうだに、いかでほととぎすのことをかけつらむ。」とて、d笑はせ給ふもはづかしながら、「何か。この歌、よみ侍らじとなむ思ひ侍るを。ものの折など人のよみ侍らむにも、『よめ。』など仰せられば、 eえ候ふまじき心地なむし侍る。いといかがは、文字の数知らず、春は冬の歌、秋は梅の花の歌などをよむやうは侍らむ。されど、歌よむといはれし末々は、少し人よりまさりて、『その折の歌は、これこそありけれ。さは言へど、それが子なれば。』など言はればこそ、かひある心地もし侍らめ。つゆ取り分きたる方もなくて、さすがに歌がましう、我はと思へるさまに、最初によみ出で侍らむ、亡き人のためにもいとほしう侍る。」と、 fまめやかに啓すれば、笑はせ給ひて、「さらば、ただ心に任す。我はよめとも言はじ。」とのたまはすれば、「いと心やすくなり侍りぬ。いまは歌のこと思ひかけじ。」など言ひてあるころ、庚申せさせ給ふとて、内大殿いみじう心まうけせさせ給へり。
 夜うち更くるほどに、題出だして女房も歌よませ給ふ。みなけしきばみ、ゆるがし出だすも、宮の御前近く候ひて、もの啓しなど、ことごとをのみ言ふを、大臣御覧じて、「など歌はよまで、むげに離れゐたる。題取れ。」とて給ふを、「 gさること承りて、歌よみ侍るまじうなりて侍れば、思ひかけ侍らず。」と申す。「ことやうなること。まことにさることやは侍る。などかさは許させ給ふ。いとあるまじきことなり。よし、こと時は知らず、今宵はよめ。」など、責めさせ給へど、けぎよう聞きも入れで候ふに、みな人々よみ出だして、よしあしなど定めらるるほどに、いささかなる御文を書きて、投げ給はせたり。見れば、
  h元輔がのちといはるる君しもや今宵の歌にはづれてはをる
とあるを見るに、をかしきことぞたぐひなきや。いみじう笑へば、「何事ぞ、何事ぞ。」と、大臣も問ひ給ふ。
  iその人ののちといはれぬ身なりせば今宵の歌をまづぞよままし
つつむこと候はずは、千の歌なりと、これよりなむ出でまうで来まし。」と啓しつ。

問1 a御精進の読みを現代仮名遣いのひらがなで記しなさい。★

問2 bとcのようにやり取りする形式を、文芸用語ではなんと言うか漢字2字で記しなさい。★

問3 d笑はせ給ふの理由を簡明に説明しなさい。★★★

問4 eえ候ふまじき心地なむし侍るを文意に即して口語訳しなさい。★★

問5 fまめやかにの意味は次のどれがもっとも適当か。★
     イ ていねいに   ロまめまめしく  ハ ほんとうらしく  ニ 本気で  ホ かいがいしく

問6 gさること承りてについて、(1)指示語の指示内容を明らかにして口語訳しなさい。★★
  (2)「承り」を敬語の観点から、どういうはたらきをしているのか簡明に説明しなさい。★★

問7 hとiそれぞれの歌の内容を組み立てる論理の違いを、簡明に説明しなさい。★★★

問8 「枕草子」の作者名・ジャンル名・成立した時代・作者が仕えた主人の名(2字)を順に記しなさい。時代は、前・中・後期まで答えること。★

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枕草子「五月の御精進のほど」 解答/解説

枕草子「五月の御精進のほど」 現代語訳


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