原文
久しく隔たりて会ひたる人の、わが方にありつること、数々に残りなく語り続くるこそ、あいなけれ。隔てなく慣れぬる人も、ほど経て見るは、はづかしからぬかは。つぎさまの人は、あからさまに立ち出でても、今日ありつることとて、息もつぎあへず語り興ずるぞかし。よき人の物語するは、人あまたあれど、一人に向きて言ふを、おのづから人も聞くにこそあれ。よからぬ人は、たれともなく、あまたの中にうち出でて、見ることのやうに語りなせば、みな同じく笑ひののしる、いとらうがはし。をかしきことを言ひてもいたく興ぜぬと、興なきことを言ひてもよく笑ふにぞ、品のほど計られぬべき。
人のみざまのよしあし、才ある人はそのことなど定め合へるに、おのが身をひきかけて言ひ出でたる、いとわびし。
現代語訳
長い間離れていて(久しぶりに)会った人が、自分のほうにあったことを、あれもこれもと残るところなくすっかり語り続けるのこそ、まことに興ざめなことである。なんの隔てなく慣れ親しんでしまった人でも、(しばらく離れていて)時がたって会うのは、気がひけないであろうか(、気がひけるにちがいない)。(教養が)一段劣っている人は、ほんのちょっと外出して(帰って来た場合)も、今日あったことだと言って、息を継ぐこともできないくらいに語って自分でおもしろがるものである。(これに比べて)教養のある人が話をする様子は、人が大勢いても、(その中の)一人に向かって話す、それを、自然とほかの人も傾聴するというものである。(だが、)身分も低く教養のない人は、だれと(話していると)もなく、大勢の人の中に身を乗り出して、(目の前に)見ていることのように話を作って語るので、みなが一斉に大声を立てて笑うのは、実に騒々しい。(実際、)おもしろいことを言ってもあまりおもしろがらないのと、おもしろくないことを言ってもよく笑うことによって、きっと(その人の)人柄の程度を推し測ることができるであろう。
(他人の噂をして)人の容姿のよしあし(のこととか)、学問のある人の場合はその学問に関することなどを批評し合っている時に、自分自身のことを引き合いに出して話し出したのは、実に不愉快なものだ。(第五十六段)
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