更級日記「梅の契り(継母なりし人は)」  現代語訳

 継母(ままはは)なりし人は、宮仕ヘせしがくだりしなれば、思ひしにあらぬことどもなどありて、世の中うらめしげにて、ほかにわたるとて、五つばかりなる乳児どもなどして、「あはれなりつる心のほどなむ、忘れむ世あるまじき」などいひて、梅の木の、つま近くて、いと大きなるを、「これが花の咲かむをりは来むよ」といひおきてわたりぬるを、心の内に恋しくあはれ也と思ひつゝ、しのび音をのみ泣きて、その年もかへりぬ。いつしか梅咲かなむ、来むとありしを、さやあると、目をかけて待ちわたるに、花もみな咲きぬれど、おともせず、思ひわびて、花ををりてやる。
 ↓ 現代語訳
 まま母であった人は、もと宮仕えをしていていた人が、下ったのであるが、予期に反したことがいろいろとあって、(父との)夫婦仲がうまくいってなさそうで、(離婚して、この家から)よそへ出て行くというので、五歳くらいの幼児を連れなどして(私に)「しみじみと慕ってくれたお心は、いつになっても忘れる時はありますまい。」などと言って、梅の木で、軒端近くにあって、たいそう大きなの(梅の木)を指さして、「この梅の花が咲くころには来ましょうよ。」と言い残して移ってしまった。(私はそのまま母を)恋しくなつかしく思い続けて、忍び泣きばかりをして(いるうちに)、その年も改まった。早く梅の花が咲いて欲しいなあ、(まま母が梅の花が咲いたら)来ようと言ったが、その言葉通り来られるかしら(と思って、その梅の木に)目を留めて待ち続けるうちに、梅の花もすっかり皆咲いてしまったけれど、(まま母からは)何のたよりもない、すっかり悲観して、梅の花を折って届ける。(その梅の枝に添えて)



  たのめしを猶や待つべき霜がれし梅をも春は忘れざりけり
といひやりたれば、あはれなることども書きて、
  猶たのめ梅の立枝はちぎりおかぬ思ひのほかの人も訪ふなり
 ↓ 現代語訳
  私を頼みに思わせておかれたことばが実現するのを、やはりもっとお待ち申さなければならないのでしょうか。霜枯れした梅でさえも、春は忘れずにまた訪れて花を咲かせましたのに(あなたはどうして訪ねてきてくださらないのですか)。
 と言い送ったところ、しみじみと心にしみるようなことを書いて、(その後に)
  やはり頼みにしていなさい。梅の高く伸びた枝を見ては、(昔の歌にあるように)約束もしていない思いがけない人(あなたのことをひそかに慕うヒト)も訪れて来るということですから。


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