紫式部日記「若宮誕生」 問題
次の文章は、寛弘五年九月一条天皇の中宮彰子が男子を出産して一ヶ月ほど経ったころの記事である。これを読んで後の問に答えなさい。
十月十余日までも、御帳出でさせ給はず。西のそばなるa御座に、夜も昼も候ふ。殿の、夜中にも暁にも参り給ひつつ、御b乳母の懐をひき探させ給ふ、うちとけて寝たるときなどは、何心もなくcおぼほれておどろくも、いといとほしく見ゆ。心もとなき御ほどを、わが心をやりて、ささげうつくしみ給ふも、ことわりにめでたし。あるときは、@わりなきわざしかけ奉り給へるを、御紐ひき解きて、d御几帳の後ろにてあぶらせ給ふ。「あはれ、この宮の御しとにぬるるは、うれしきわざかな。このぬれたる、あぶるこそ、思ふやうなる心地すれ。」と、喜ばせ給ふ。
中務の宮わたりの御ことを、御心に入れて、そなたの心寄せある人とおぼして、語らはせ給ふも、まことに心の内は、思ひゐたること多かり。
行幸近くなりぬとて、殿の内をいよいよつくりみがかせ給ふ。よにおもしろき菊の根をたづねつつ、掘りて参る。色々うつろひたるも、黄なるが見どころあるも、さまざまに植ゑ立てたるも、朝霧の絶え間に見わたしたるは、げに老いもしぞきぬべき心地するに、なぞや。まして、思ふことの少しもeなのめなる身ならましかば、すきずきしくももてなし、若やぎて、常なき世をも過ぐしAてまし。めでたきこと、おもしろきことを見聞くにつけても、ただ思ひかけたりし心の引く方のみ強くて、もの憂く、思はずに、嘆かしきことのまさるぞ、いと苦しき。いかで、今はなほ、もの忘れしなむ。思ひがひもなし、罪も深かなりなど、明けたてばうちながめて、水鳥どもの思ふことなげに遊び合へるを見る。
水鳥を水の上とやよそに見む我も浮きたる世を過ぐしつつ
かれも、さこそ心をやりて遊ぶと見ゆれど、B身はいと苦しかんなりと、思ひよそへらる。
問1 文中に動詞活用の意図的な誤用がある。ただしたものを記しなさい。★★
問2 a御座、b乳母、d御几帳の読みを現代仮名遣いのひらがなで記しなさい。★
問3 cおぼほれておどろく、eなのめなる身ならましかばを現代語訳しなさい。★★
問4 @わりなきわざとは具体的にはどういうことか説明しなさい。★★
問5 Aてましを文法の観点から簡潔に説明しなさい。★★
問6 B身はいと苦しかんなりとあるが、なぜそう思われるのか。その理由を20字以内で説明しなさい。★★★
advanced Q.1 懐をひき探させ給ふとあるが、何のためにそのようなことをするのか。一〇字以内(句読点は含まない)で簡潔に答えよ。
advanced Q.2 老いもしぞきぬべき心地するのはなぜか、簡潔に説明しなさい。
advanced Q.2 罪も深かなりと考えるのはなぜか、簡潔に説明しなさい。
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紫式部日記「若宮誕生」 解答/解説
紫式部日記「若宮誕生」 現代語訳
紫式部日記「若宮誕生」 exercise
次の文章は、寛弘五年九月一条天皇の中宮彰子が男子を出産して一ヶ月ほど経ったころの記事である。これを読んで後の問に答えなさい。
一
十月十余日までも、御帳 a出でさせ給はず。西のそばなる b御座に、夜も昼も c候ふ。殿(道長)の、夜中にも暁にも d参り給ひつつ、御 e乳母の懐を @ひき探させ給ふに、 fうちとけて寝たるときなどは、何心もなく Aおぼほれておどろくも、いといとほしく見ゆ。 B心もとなき御ほどを、わが心をやりて、ささげうつくしみ給ふも、ことわりにめでたし。あるときは、 Cわりなきわざしかけ奉り給へるを、御紐ひき解きて、 g御几帳の後ろにてあぶらせ給ふ。「あはれ、この宮の御しとにぬるるは、うれしきわざかな。このぬれたる、 Dあぶるこそ、思ふやうなる心地すれ。」と、喜ばせ給ふ。
問1 傍線部begの漢字の読みを、それぞれ現代仮名遣い(ひらがな)で記せ。
問2 傍線部acdfは、だれの動作か。適当なものをそれぞれ次の中から選び、記号で答えよ。
ア 殿(藤原道長) イ 中宮彰子 ウ 若宮(敦成親王)
エ 若宮の乳母 オ 作者を含めた中宮付きの女房たち
問3 @に「ひき探させ給ふに」とあるが、何のためにそのようなことをするのか。一〇字以内(句読点は含まない)で簡潔に答えよ。
問4 Aの場面説明として適当なものを次の中から選び、記号で答えよ。
ア 寝ぼけて目を覚ますと殿がいたので、バツが悪い思いをしているのも。
イ 寝ぼけていて殿とは気づかず、人違いをして飛び起きるのも。
ウ 何も気づかず眠っていて、殿に懐を探られてびっくりするのも。
エ 何も気づかず眠っていて、目を覚ましても半分寝ぼけているのも。
問5 Bについて、次の問いに答えよ。
(1)「心もとなきほど」とは、若宮のどういう状態をいうのか。適当なものを次の中から選び、記号で答えよ。
ア 寝ていてもまだ目がよく覚めていない状態。
イ 首もすわらず、まだ抱き上げるのは心配な状態。
ウ 何もおわかりにならず、もの足りない状態。
エ 道長を祖父と認識することもできない状態。
(2)「わが心をやりて」とは、どういう意味か。適当なものを次の中から選び、記号で答えよ。
ア 十分に注意して イ 放心したような状態で
ウ 自分だけいい気になって エ くつろいだ気分になって
(3)「ささげうつくしみ給ふ」を口語訳せよ。
問6 C「わりなきわざしかけ奉り給へる」とは、具体的にはだれがどういうことをしたのか。二五字以内で説明せよ。
問7 Dに「あぶるこそ、思ふやうなる心地すれ。」とあるが、「こそ」を「ぞ」に置き換えたら、「思ふやうなる心地すれ」はどのようになるか。書き改めよ。
問8 この文章の解説文として最も適当なものを次の中から選び、記号で答えよ。
ア 道長の若宮溺愛ぶりに苦笑している気持ちが描かれている。
イ 道長の満面喜悦の好々爺ぶりに対する共感が描かれている。
ウ 道長の若宮溺愛ぶりに、為政者らしくないとあきれている。
エ 道長の満面喜悦の赤裸々な姿を冷ややかな目でながめている。
二
行幸近くなりぬとて、殿の内をいよいよつくりみがかせ給ふ @よにおもしろき菊の根をたづねつつ、掘りて参る。色々うつろひたるも、黄なるが見どころあるも、さまざまに植ゑ立てたるも、朝霧の絶え間に見わたしたるは Aげに老いもしぞきぬべき心地するに、なぞや。まして、思ふことの少し Bなのめなる身ならましかば Cすきずきしくももてなし、若やぎて、常なき世を D過ぐしてまし。めでたきこと、おもしろきことを見聞くにつけても、ただ E思ひかけたりし心の引く方のみ強くて、もの憂く、思はずに、嘆かしきことのまさるぞ、いと苦しき。いかで、今はなほ、もの忘れしなむ。思ひがひもなし、 罪も深かなりなど、明けたてばうちながめて、水鳥どもの思ふことなげに遊び合へるを見る。
水鳥を水の上とやよそに見む我も F浮きたる世を過ぐしつつ
かれも、さこそ心をやりて遊ぶと見ゆれど G身はいと苦しかなりと、思ひよそへらる。
問1 @・B・Cは、どういう意味か。適当なものをそれぞれ次の中から選び、記号で答えよ。
@…ア 非常にまっ白い イ とても美しい ウ たいそうおもしろい エ たいへん珍しい
B…ア 世間並みな身 イ 健康な身 ウ いいかげんな身分 エ 斜にかまえた人
C…ア 似つかわしく イ 色好みに ウ 風流好みに エ 思うままに
問2 Aについて、次の問いに答えよ。
(1)「老いもしぞきぬべき」とは、どういう意味か。適当なものを次の中から選び、記号で答えよ。
ア 老人に違いないような イ 老人も死んでしまうような
ウ 老人になってしまう エ 老いも退散するにちがいない
(2)「老いもしぞきぬべき心地する」のはなぜか、説明しなさい。a.Q
問3 D「過ぐしてまし。」の次に、現代語で言うとどういう接続の言葉が入るか。適当なものを次の中から選び、記号で答えよ。
ア したがって イ ところが ウ そのうえ エ とりもなおさず
問4 E「思ひかけたりし心」とは、具体的にはどういう心と考えられるか。適当なものを次の中から選び、記号で答えよ。
ア 出家したいという心 イ 宮仕えしたいという心
ウ 結婚したいという心 エ のんびり暮らしたいという心
問5 Fについて、次の問いに答えよ。
(1)「浮きたる」とは、どういう意味か。適当なものを次の中から選び、記号で答えよ。
ア 楽しげな イ 不安定な ウ 軽快な エ うきうきした
(2)「浮き」は、どの言葉の縁語として用いられているか。該当する言葉を歌の中から抜き出せ。
問6 Gに「身はいと苦しかんなり」とあるが、なぜそう思われるのか。その理由を具体的に説明せよ。
問7この文章をDの後で前半と後半に分けた場合、前半と後半の関連のしかたは次のどれか。適当なものを選び、記号で答えよ。
ア 愉悦より憂愁へ イ より忘却へ ウ 混乱より平静へ エ 静観より自得へ
問8 傍線部「罪も深かなり」と考えるのはなぜか、説明しなさい。a.Q
問9 この文章で、作者が表現しようとした主点は、何か。適当なものを次の中から選び、記号で答えよ。
ア 朝霧の絶え間に眺めるさまざまな菊の姿 イ 庭の池に無心に遊ぶ水鳥たちに寄せる感懐
ウ 華麗な宮仕え生活の中にあって憂う心情 エ 行幸を前に装いをこらす土御門の屋敷の様子
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