枕草子「ふと心劣りとかするものは(第百八十六段)」  現代語訳

 ふと心劣りとかするものは、男も女も、言葉の文字いやしう使ひたるこそ、よろづのことよりまさりてわろけれ。ただ文字一つに、あやしう、あてにもいやしうもなるは、いかなるにかあらむ。さるは、かう思ふ人、ことにすぐれてもあらじかし。いづれをよしあしと知るにかは。されど、人をば知らじ、ただ心地にさおぼゆるなり。
 急に幻滅とかを感じるものは、男でも女でも、(話し)言葉を下品に使ったこと(で、それ)は、何にもましてみっともない。ただ言葉遣い一つで、不思議なことに、上品にも下品にもなるのは、どういうわけなのだろうか。そうはいうものの、こんなことを思っている私本人が、とくに(言葉遣いに)すぐれているわけでもあるまいよ。(だから、)どれをよしとし、どれを悪いと判別するのか(わかりはしない)。だが、他人のことはどうだか知らないが、ただ自分の気持ちではそう思われるのである。


 いやしきことも、わろきことも、さと知りながらことさらに言ひたるは、あしうもあらず。わがもてつけたるを、つつみなく言ひたるは、あさましきわざなり。また、さもあるまじき老いたる人、男などの、わざとつくろひ、鄙びたるは、にくし。まさなきことも、あやしきことも、大人なるは、まのもなく言ひたるを、若き人は、いみじうかたはらいたきことに消え入りたるこそ、さるべきことなれ。
 下品な言葉も、まずい言葉も、それと知りながらわざと使ったのは、悪くもない。(が、)自分勝手にこじつけたことを、はばかりなく口にしたのは、あきれたことだ。また、そんな(ひどい言葉遣いをする)はずのない老人とか男などが、ことさらに言葉をとりつくろい、田舎びた言葉を使うのは、いやらしい。よくない言葉も、粗野な言葉も、相当の年輩の人は、平然としゃべっているのを、若い人は、(聞いていて)ひどくきまり悪いことと思ってじっと聞いているのは、もっとものことだ。


 何事を言ひても、「そのことさせむとす」「言はむとす」「何とせむとす」といふ「と」文字を失ひて、ただ「言はむずる」「里へ出でむずる」など言へば、やがていとわろし。まいて、文に書いては言ふべきにもあらず。物語などこそ、あしう書きなしつれば、言ふかひなく、作り人さへいとほしけれ。「ひてつ車に」と言ひし人もありき。「求む」といふことを「みとむ」なんどは、みな言ふめり。
 何事を言っても、「そのことさせむとす」(そのことはそうしよう)「言はむとす」(言おうと思う)「何せむとす」(何々しよう)という(ときの「むとす」の)「と」文字の発言を省いて、ただ「言はむずる」(言おう)「里へ出でむずる」(里へ下がろう)などと言うと、たちまちひどくいやに聞こえる。まして、(そんな表現は)文章に書いては(そのまずいことといったら)言うまでもない。物語などの場合になると、まずい言葉遣いで書いてあると、どうしようもなく、作者まで(常識が疑われ、)おかわいそうにと思われる。(「同乗して」の意味の「一つ車に」をなまって)「ひてつ車に」と言った人もいた(。こんなのは極端だが)。「求む」という言葉を「みとむ」などとは(誤りではあるが、一般化して)、世間のだれもが言うようだ。(第百八十六段)

枕草子「ふと心劣りとかするものは」 解答(解説)

枕草子「ふと心劣りとかするものは」 問題

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