@心のどかに暮らす日、はかなきこと言ひ言ひの果てに、我も人もあしう言ひなりて、うち怨じて出づるになりぬ。A端の方に歩み出でて、をさなき人を呼び出でて、「我は今は来じとす。」など言ひ置きて、出でにけるすなはち、はひ入りて、おどろおどろしう泣く。B「こはなぞ、こはなぞ。」と言へど、いらへもせで、論なう、さやうにぞあらむと、おしはからるれど、人の聞かむもうたてものぐるほしければ、問ひさして、とかうこしらへてあるに、五、六日ばかりになりぬるに、音もせず。C例ならぬほどになりぬれば、あなものぐるほし、たはぶれごととこそ我は思ひしか、はかなき仲なれば、かくてやむやうもありなむかしと思へば、心細うてながむるほどに、出でし日使ひしゆする坏の水は、さながらありけり。D上に塵ゐてあり。Eかくまでと、あさましう、
絶えぬるか影だにあらば問ふべきをかたみの水は水草ゐにけり
など思ひし日しも、見えたり。例のごとにてやみにけり。Fかやうに胸つぶらはしき折のみあるが、よに心ゆるびなきなむ、わびしかりける。
↓ 現代語訳
@(兼家様が訪れて)のどかな気持ちで過ごしている日に、ほんの些細なことを言い合った末に、私もあの人もあしざまに言うようになって、(兼家様は)恨み言を言って出ていく結末になってしまった。A(兼家様は)縁先のほうに歩み出て、幼い人〔道綱〕を呼び出して、「わたしはもう来ないぞ。」などと言い残して、出て行くとすぐさま、(道綱は)部屋にはって入って来て、激しく大声を上げて泣く。B(私は)「これはいったいどうしたの、何があったの。」と声をかけるが、(道綱は)返事もしないで(泣くので)、どうせ、そういうことだろうと、察しはつくけれども、人〔侍女〕が聞くのもいやで正気を失っているようなので、わけを聞くのをやめにして、あれこれ(道綱を)なだめているうちに、五、六日ほどになったのに、(兼家様からは)何の音沙汰もない。Cいつもとは違う隔たりになったので、「狂気じみていることだ。冗談だとばかり私は思っていたのに。(もともと)頼りない仲だから、このまま終わりになるようなこともきっとあるだろうよ。」と思うので、心細くてもの思いにふけっているときに(ふと見ると)、(兼家様が)出ていった日使ったゆする坏の水は、そのままあるのだった。D水面にほこりが浮いている。E「こんなに(なる)まで(あの人は来てくれないのだわ)。」と、あきれて、
二人の仲は終わってしまったのですか。せめてこのゆする坏の水に映るあなたの姿でもあれば尋ねることができるのに、(あなたが残していった)形見の水には、水草が浮いています。(あなたの姿は映らず、心中を尋ねることもできません。)
などと思っていたちょうどその日に、(兼家様は)姿を見せた。(本心を問いただしたい思いは)いつもの調子でうやむやになってしまったよ。Fこのようにひやひやするときばかりあるのが、全く気の休まることもない、それがつらいのだった。
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