原文
@南の御殿にも、前栽つくろはせたまひける折にしも、かく吹き出でて、もとあらの小萩、はしたなく待ちえたる風のけしきなり。 A折れ返り、露もとまるまじく吹き散らすを、すこし端近くて見たまふ。大臣は、 姫君の御方におはしますほどに、 中将の君参りたまひて、 東の渡殿の小障子の上より、 妻戸の開きたる隙を、何心もなく見入れたまへるに、女房のあまた見ゆれば、立ちとまりて、音もせで見る。B御屏風も、風のいたく吹きければ、押し畳み寄せたるに、見通しあらはなる 廂の御座にゐたまへる人、ものに紛るべくもあらず、 気高くきよらに、さとにほふ心地して、 春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。Cあぢきなく、見たてまつるわが顔にも移り来るやうに、愛敬はにほひ散りて、またなくめづらしき人の御さまなり。D御簾の吹き上げらるるを、人びと押へて、 いかにしたるにかあらむ、うち笑ひたまへる、いといみじく見ゆ。花どもを心苦しがりて、え見捨てて入りたまはず。E御前なる人びとも、さまざまにものきよげなる姿どもは見わたさるれど、目移るべくもあらず。F「 大臣のいと気遠くはるかにもてなしたまへるは、かく見る人ただにはえ思ふまじき御ありさまを、いたり深き御心にて、もし、かかることもやと思すなりけり」と思ふに、けはひ恐ろしうて、立ち去るにぞ、 西の御方より、内の御障子引き開けて渡りたまふ。
現代語訳
@南の御殿でも、お庭先の植え込みを手入れさせていらっしゃったちょうどそのころ、このように(野分が)吹き出して、株もまばらな小萩が、待っていた風にしては激し過ぎる吹き具合である。A(枝も)折れ曲がって、露も結べないほど吹き散らすのを、(紫の上は)少し端の方で御覧になる。大臣(光源氏)は、姫君のお側にいらっしゃった時に、中将の君(光源氏ノ子息夕霧)が参上なさって、東の渡殿の小障子の上から、妻戸の開いている隙間を、何気なく覗き込みなさると、女房たちが大勢見えるので、立ち止まって、音を立てないで見る。B御屏風も、風がひどく吹いたので、押したたんで(隅に)寄せてあるので、すっかり見通せる廂の御座所に座っていらっしゃる方は、他の人と間違えようもない、気高く清らかで、ぱっと輝く感じがして、春の曙の霞の間から、美しい樺桜が咲き乱れているのを見る感じがする。Cどうにもならぬほど、拝見している自分の顔にもふりかかってくるように、魅力的な美しさが一面に広がって、二人といないご立派な方のお姿である。D御簾(みす)の吹き上げられるのを、女房たちが押さえて、どうした拍子にか、にっこりとなさっているのが、何とも美しく見える。Eいろいろな花を心配なさって、見捨てて(母屋の)中にお入りになることができない。お側に仕える女房たちも、それぞれにこざっぱりとした姿に見えるが、目が止まるはずもない。F大臣がたいそう遠ざけていらっしゃるのは、このように見る人が心を動かさずにはいられない(紫の上の)お美しさなので、用心深いご性質から、万一、このようなことがあってはいけないと、ご懸念になっていたのだと思うと、何となく恐ろしい気がして、立ち去ろうとする、その時、西のお部屋から、内の御障子を引き開けて(光源氏が)お越しになる
原文
@「 いとうたて、あわたたしき風なめり。御格子下ろしてよ。男どもあるらむを、あらはにもこそあれ」 と聞こえたまふを、また寄りて見れば、もの聞こえて、大臣もほほ笑みて見たてまつりたまふ。A親ともおぼえず、若くきよげになまめきて、いみじき御容貌の盛りなり。 B女もねびととのひ、飽かぬことなき御さまどもなるを、身にしむばかりおぼゆれど、この渡殿の格子も吹き放ちて、立てる所のあらはになれば、恐ろしうて立ち退きぬ。C今参れるやうにうち声づくりて、簀子の方に歩み出でたまへれば、「さればよ。あらはなりつらむとて、「かの妻戸の開きたりけるよ」と、今ぞ見咎めたまふ。D「 年ごろかかることのつゆなかりつるを。風こそ、げに巌も吹き上げつべきものなりけれ。さばかりの御心どもを騒がして。めづらしくうれしき目を見つるかな」とおぼゆ。
現代語訳
@「とてもひどい、気ぜわしい風のようですね。御格子を下ろしなさいよ。男たちがいるだろうに、丸見えになっては大変だ」と申し上げなさるのを、再び近寄って見ると、(紫の上が)何か申し上げて、大臣もにっこりしてお顔を拝していらっしゃる。A(そのご様子は自分の)親とも思われず、若々しく美しく優雅で、素晴らしい盛りのお姿である。B女もすっかり成熟して、何一つ不足のないお二方のご様子であるのを、身にしみるほどに心を奪われたが、この渡殿の格子も風が吹き放って、立っている所が丸見えになったので、恐ろしくなって立ち退いた。C今ちょうど参上したように咳払いして、簀子の方に歩き出しなさると「そらごらん。見えたかもしれない」とおっしゃって、あの妻戸が開いていたことよと、今見てお気づきになる。D(夕霧は)「長年このようなことはちっともなかったものを。なるほど風こそは、巌(いわお)も吹き上げてしまうものなのだなあ。あれほどご用心の深い方々のお心を騒がせて、(その結果として私は)めったにない素晴らしくうれしいものを見たものだ」と思わずにはいられない。
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