源氏物語「明石の君とのめぐりあい 2/2」(明石)   現代語訳

 思ふことかつがつかなひぬる心地して、涼しう思ひゐたるに、またの日の昼つ方、岡辺に御文遣はす。心恥づかしきさまなめるも、なかなかかかるものの隈にぞ思ひの外なることも籠るべかめると心づかひしたまひて、高麗の胡桃色の紙に、えならずひきつくろひて、
  「をちこちも知らぬ雲居にながめわびかすめし宿の梢をぞとふ
思ふには」とばかりやありけん。入道も、人知れず待ちきこゆとて、かの家に来ゐたりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで酔はす。御返りいと久し。
 ↓ 現代語訳
 (入道は)願っていたことがおおよそかなった気持がして、すがすがしい思いでいたところ、翌日の昼頃、(源氏は)山の手(の明石の君)にお手紙をお遣わしになる。(明石の君は)優れた人であるようなのも、かえってこのような(明石のような)片隅に存外に美女も隠れているのに違いないと、お気をつけなさって、高麗産の胡桃(くるみ)色の紙に、何とも言えず気を配って、
 「をちこちも…あちらもこちらも分からない(旅の)空のもとで物思いをするのがつらくて、(入道殿が奉りたいと)ほのめかした(あなたの)お住いを お訪ねするのです
思ふには(あなたを思う心に負けてしまいました)」。入道も、内心(源氏からの娘への手紙を)待ち申し上げようと思って、娘の住む家に来ていたところ予想通りだったので、使者をとても常軌はずれなまでもてなして、御馳走して酔わせる。(明石の君から源氏への御返事は)とても時間がかかる。



 内に入りてそそのかせど、むすめはさらに聞かず。いと恥づかしげなる御文のさまに、さし出でむ手つきも恥づかしうつつましう、人の御ほどわが身のほど思ふにこよなくて、心地あしとて寄り臥しぬ。言ひわびて入道ぞ書く。「いとかしこきは、田舎びてはべる袂につつみあまりぬるにや、さらに見たまへも及びはべらぬかしこさになん。さるは、
  ながむらん同じ雲居をながむるは思ひも同じ思ひなるらむ
となん見たまふる。いとすきずきしや」と聞こえたり。陸奥国紙に、いたう古めきたれど、書きざまよしばみたり。げにもすきたるかなとめざましう見たまふ。御使に、なべてならぬ玉裳などかづけたり。
 ↓ 現代語訳
 (入道が明石の君の)部屋に入り(返事を)催促するが、娘は一向に聞き入れない。(源氏の)とてもこちらが恥ずかしくなるような立派なお手紙の書きように、(返事を)出す筆跡も恥ずかしく気が引け、源氏の御身分と自分の身分とを思うと、この上もなく違いすぎて、「気分が悪い」といって物に寄り掛かりもたれてしまった。催促しかねて入道(自身)が書く。(入道)「まことにもったいないことですが、田舎びています娘の袂には、(あなたからお手紙をいただいたうれしさを気後れして)包み切れぬのでございましょう。まったく拝見しかねます畏れ多さで(ございます)。そうは申しますものの、
 ながむらむ…(あなたが)ものおもいをして眺めていらっしゃる同じ空を(娘が)眺めているのは、(娘の)思いも(あなたと)同じ思いであるからでしょう
と見ております。(出家した身で)まことに色めいたことで」と申し上げた。檀紙に、たいそう古風であるが、描きぶりは趣が見える。ほんとうに色めいたものよと(源氏は)目を見張ってご覧になる。(に誘導は源氏からの)使者に、並々でない玉裳(女装束)を与えた。



 またの日、「宣旨書きは見知らずなん」とて、
  「いぶせくも心にものをなやむかなやよやいかにと問ふ人もなみ
言ひがたみ」と、この度は、いといたうなよびたる薄様に、いとうつくしげに書きたまへり。若き人のめでざらむも、いとあまり埋れいたからむ、めでたしとは見れど、なずらひならぬ身のほどのいみじうかひなければ、なかなか世にあるものと尋ね知りたまふにつけて涙ぐまれて、さらに、例の、動なきを、せめて言はれて、浅からずしめたる紫の紙に、墨つき濃く薄く紛らはして、
  思ふらん心のほどややよいかにまだ見ぬ人の聞きかなやまむ
手のさま書きたるさまなど、やむごとなき人にいたう劣るまじう上衆めきたり。
 ↓ 現代語訳
 翌日、(源氏)「(恋文の)代筆は見たことがありません」といって、
 いぶせくも…うっとうしく心に物思いをすることよ。ねえ、どうなさったのかと気遣ってくれる人もいないので。
(まだ見ぬ人に恋しいと)言い難いので」と、今回は、それはそれはやわらかな薄様のの紙に、とても美しげにお描きになっている。若い娘が感嘆しないとしたら、それはあまりに内気すぎるというものであろう。(明石の君は源氏を)すばらしい方と見るが、比較にならない身の程が、(どんなに思っても)はなはだ甲斐がないので、かえって(自分のような者を)人並にお見知りくださったにつけても、涙ぐまれて、一向に、いつものように、動こうとしないのだが、(父入道から)無理にせっつかれて、香を深くたきしめた紫いろの紙に、墨付きを濃く、また、薄く書き紛らわして、
 思ふらむ…もの思いをしていらっしゃる心中のほどは、さあ、どんなものなのでしょう。。まだ会ったことのない人のことを、聞いただけで、どうして思い悩んだりするものでしょうか。
筆跡や言葉遣いなど、身分の高い人にそんなに劣りそうもなく上流の人風である。



 京のことおぼえてをかしと見たまへど、うちしきりて遣はさむも、人目つつましければ、二三日隔てつつ、つれづれなる夕暮、もしはものあはれなる曙などやうに紛らはして、をりをり人も同じ心に見知りぬべきほど推しはかりて、書きかはしたまふに似げなからず。心深う思ひあがりたる気色も、見ではやまじと思すものから、良清が領じて言ひし気色もめざましう、年ごろ心つけてあらむを、目の前に思ひ違ヘんもいとほしう思しめぐらされて、人進み参らばさる方にても紛らはしてんと思せど、女はた、なかなかやむごとなき際の人よりもいたう思ひあがりて、ねたげにもてなしきこえたれば、心くらべにてぞ過ぎける。
 ↓ 現代語訳
 (源氏は)都(での恋文のやり取り)のことを思い出されて、おもしろいとご覧になるが、そうたびたび遣わすのも、憚られるので、二三日隔て隔てして、(それもたとえば)手持無沙汰な夕暮れや、もしくはしみじみとした明け方などといった風に装って、その折々相手も同じ気持ちで趣深さを感じていそうな時を推し量って、やり取りなさると、(自分の相手として)不似合いではない。考え不覚気位が高い様子も、逢わないでは終わるまいとお思いになるものの、良清が(この入道の娘を自分のものとして話していたのも気に障り、長年心に掛けているであろうに、目の前で(明石の君を横取りして)意図を裏切るのなら、気の毒だとご思案されて、あちらが進んで近づいてきたら、そういう訳で仕方がなかったのだといことにしようとお思いになるが、女はまた、かえってこの上もない身分の女性よりもたいそう気位が高く、こちらがじれったくなるように対応申し上げたので、根競べで日が過ぎた。


 京のことを、かく関隔たりては、いよいよおぼつかなく思ひきこえたまひて、いかにせまし、戯れにくくもあるかな、忍びてや迎へたてまつりてましと思し弱るをりをりあれど、さりともかくてやは年を重ねん、いまさらに人わろきことをばと思ししづめたり。
 ↓ 現代語訳
 京の(紫の上の)ことを、このように須磨の関のかなたに隔たっていては、ますます気がかりに思い申し上げなさって、どうすればいいのか。(逢わないで我慢できるのかなどと)冗談を言っておれないほど恋しいよ(という古今集の歌ではないが)、(紫の上を)こっそりこちらへ迎え申し上げたいと、弱気になる折々はあるが、そうはいってもこのまま年を重ねることがあろうか、そんなことはあるまい。今となっては(流謫の地へ女を呼び寄せるなどという)みっともないことはするまい。と心を落ち着けになる。


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