源氏物語「明石の君とのめぐりあい 1/2」(明石)   現代語訳

 いたく更けゆくままに、浜風涼しうて、月も入り方になるままに澄みまさり、静かなるほどに、御物語残りなく聞こえて、この浦に住みはじめしほどの心づかひ、後の世を勤むるさまかきくづし聞こえて、このむすめのありさま、問はず語りに聞こゆ。をかしきものの、さすがにあはれと聞きたまふ節もあり。「いととり申しがたきことなれど、わが君、かうおぼえなき世界に、仮にても移ろひおはしましたるは、もし、年ごろ老法師の祈り申しはべる神仏の憐びおはしまして、しばしのほど御心をも悩ましたてまつるにやとなん思うたまふる。そのゆゑは、住吉の神を頼みはじめたてまつりて、この十八年になりはべりぬ。女の童のいときなうはべりしより思ふ心はべりて、年ごとの春秋ごとにかならずかの御社に参ることなむはべる。昼夜の六時の勤めに、みづからの蓮の上の願ひをばさるものにて、ただこの人を高き本意かなへたまへとなん念じはべる。前の世の契りつたなくてこそかく口惜しき山がつとなりはべりけめ、親、大臣の位をたもちたまへりき。みづからかく田舎の民となりにてはべり。次々さのみ劣りまからば、何の身にかなりはべらんと悲しく思ひはべるを、これは生まれし時より頼むところなんはべる。いかにして都の貴き人に奉らんと思ふ心深きにより、ほどほどにつけて、あまたの人のそねみを負ひ、身のためからき目をみるをりをりも多くはべれど、さらに苦しみと思ひはべらず。命の限りはせばき衣にもはぐくみはべりなむ、かくながら見棄てはべりなば、浪の中にもまじり失せねとなん掟てはべる」など、すべてまねぶべくもあらぬことどもを、うち泣きうち泣き聞こゆ。君もものをさまざま思しつづくるをりからは、うち涙ぐみつつ聞こしめす。
 ↓ 現代語訳
 すっかり夜が更けるにつれて、浜風が涼しく吹いて、月も西方に傾くままにいよいよ澄み渡り、もの静かな頃、(入道が、今まで心にとめていた)お話を残ることなく(源氏に)申し上げて、この明石の浦に住み始めた頃の心づもりや、来世往生のための、仏道修行のようすをかたはしからくずように、ぽつぽつと申し上げて、この(明石の)娘の身の上を、尋ねられもしないのに、自分の方から語り申し上げる。(入道)「とても取り立てて申し上げるのも、妙なのですが、あなた様が、こんなに思いがけない場所に、ちょっとでもお移りいらっしゃるのは、もしかすると長年(この)老法師が祈り申します神仏が憐れみなさって、しばらくの間、(源氏の)お心を悩まし申し上げたのではないかと存じるのです。そのわけは、(私が)住吉の神を頼り申し上げて、以来十八年になりました。娘(明石の君)が幼のうございました頃から、思うところがございまして、毎年の春秋ごとに必ずあの(住吉の)神社に参詣することがございました。昼・夜の一日6回の勤行に、自身の極楽往生のことは、それはそれとして、ただこの人の高い望みをおかなえください。と祈ってきています。前世での因縁が不遇でこのような不本意な賤しい木こり(のような身分)となってしまいましたが、親は大臣の位を保持なさっていました。自身はこのように田舎の民となってしまいました。代々むやみに落ちぶれていったら、(ついには)どんな身分になってしまうのでしょうかと、悲しく思いますが、この娘は、生まれた時から、頼りに思うところがございます。どうにかして(娘を)都の高貴な人に差し上げようと思う心が深いので、賤しい身分なりに、多くの人の恨み受け、私自身のせいで辛い目にあう折々も多くございますが、全く苦しみとは存じていません。『命のある限り満足な生活はできないながらも育てていきましょう。『もし』このまま(わたしがそなたを)後に残して先立ちましたなら、波の中に身を投げて死んでしまいなさい。』と言いつけました」などと、そのままに語り伝えられそうにもないことなどを、泣き泣き(源氏に)申し上げる。源氏の君もさまざまと物思いに沈む時からなので、涙ぐみながらお聞きになる。



 「横さまの罪に当たりて、思ひかけぬ世界に漂ふも、何の罪にかとおぼつかなく思ひつるを、今宵の御物語に聞きあはすれば、げに浅からぬ前の世の契りにこそはとあはれになむ。などかは、かくさだかに思ひ知りたまひけることを、今までは告げたまはざりつらむ。都離れし時より、世の常なきもあぢきなう、行ひよりほかのことなくて月日を経るに、心もみなくづほれにけり。かかる人ものしたまふとはほの聞きながら、いたづら人をばゆゆしきものにこそ思ひ棄てたまふらめと思ひ屈しつるを、さらば導きたまふベきにこそあなれ。心細き独り寝の慰めにも」などのたまふを、限りなくうれしと思へり。   「ひとり寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしのうらさびしさを まして年月思ひたまへわたるいぶせさを、推しはからせたまへ」と聞こゆるけはひ、うちわななきたれど、さすがにゆゑなからず。「されど浦なれたまヘらむ人は」とて、   旅衣うらがなしさにあかしかね草の枕は夢もむすばず と、うち乱れたまヘる御さまは、いとぞ愛敬づさ、いふよしなき御けはひなる。  数知らぬことども聞こえ尽くしたれど、うるさしや。ひが事どもに書きなしたれば、いとどをこにかたくなしき入道の心ばへもあらはれぬベかめり。
 ↓ 現代語訳
 (源氏)「(私は、)非道の罪に処せられて、思いがけない土地にさすらうのも、どういう罪に当たるのかと不審に思っていたが、(あなたの)今宵のお話を聞き考え合わせると、本当に浅くはない前世の因縁によるのだとしみじみと思います。なぜ、このようにはっきりとご存じであったことを、今までお話にならなかったのだろうか。都を離れた時から、世の変わりやすさに嫌気がさして、仏道修行以外は何もしなくて月日を過ごすうちに、心もすべてくじけてしまいました。このような方がいらっしゃるとはうすうす聞いていたが、(勅勘を受けた私のような)ダメな人間を、縁起でもないものに見捨てなさっているだろう、とくじけていたが、それでは(私をそなたの御娘の所に)ご案内するおつもりがあるのですね。心細いひとり寝の慰めになるでしょう」などとおっしゃるのを、(入道は)この上もなくうれしいと思っている。
 「ひとり寝は…ひとり寝の寂しさをあなた様もお分かりでしょうか。(娘が)所在ない思いで夜を明かす、この明石の浦の心寂しさを。
まして(娘の身の上を)思案いたし続ける私のやるせなさを、ご推察ください。」と申し上げる(入道の)様子は、そうはいってもやはり品格がないわけではない。(源氏)「そうはいっても海辺に住み慣れている人は(、私ほど寂しく感じないでしょう)」といって、
 旅ごろも…旅のひとり寝の悲しさに、この明石の浦で夜を明かしかね、(私は)旅寝をしていても、夢を見ることもありません
とくつろいでいらっしゃる(源氏の)ご様子は、たいそう魅力的で、何とも言いようがないお姿である。
 (入道は源氏に)数えきれないほどのことをすっかり申し上げたが、(そのすべてをここに書くのは)煩わしいことよ。間違い交じりに書いているので、実際以上に頑固な入道の性格も、あらわれるに違いないだろう。



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