史記「韓信」2/2(信數與蕭何語…部署諸將所撃。) 書き下し文/現代語訳
《あらすじ》
蕭何(しょうか)は日ごろ、韓信を人物と見込んでいた。ある日、韓信が南鄭(なんてい)まで来ると、将軍たちが逃亡しているのを見て、韓信も一緒に逃げ出してしまった。それを知った蕭何は引き戻すために後を追う。漢王にその理由を聞かれた蕭何は、韓信は王のために役に立つ人間であるから、大将に取り立てるよう進言する。
蕭何の熱心な推薦に、漢王は心を動かし、大将に任命することにした。これに対して蕭何は、任命するに当たっては安易な気持ちであってもらっては困る、斎戒して、良日(りょうじつ)を選び、壇場を設けて礼を尽くすべきであることを強調した。漢王はこれを認める。一方、将軍たちは自分が栄進するのであろうと胸をときめかせ、式場に出席する。しかし、大将に任命されたのは韓信であった。
韓信を大将に任ずる儀式が終わった後、漢王は韓信に策を訊(き)く。韓信は、項王の欠点・弱点をあげる。それは次のようなものだったーーー仕事を部下に任せきれない。功績を挙げた者に封爵を与えることになるとしぶってしまう、物惜しみが激しさ。義帝との約束を破りお気に入りの将を王にするなど、平気で道義を無視し不公平にふるま。敗者には徹底して残酷である。、秦の人民から憎まれている三人の将を、それぞれ王にするなど、民意を全く理解しない。よってそのため民意は離れていることを述べ、一方、それに対して民衆の漢王(劉邦)への支持と期待は高く、今、東に大挙して進撃を開始すれば苦労することなく三秦の地を平定できると進言した。漢王は韓信の話に感心しその策を採用した。
《白文/書き下し文/現代語訳》
信數ゝ與蕭何語,何奇之。至南鄭,諸將行道亡者數十人。信度、「何等已數ゝ言上,上不我用。」
↓ 《書き下し文》
a信數(しばしば)蕭何と語る。 b何(か)之(これ)を奇(き)とす。 c南鄭(なんてい)に至り,諸將行ゝ(ゆくゆく)道に亡ぐる者數十人なり。 d信(しん)度(はか)るに、「何等已(すで)に數ゝ(しばしば)上(しやう)に言へるも,上我を用ゐずと」。
↓ 《現代語訳》
韓信はしばしば蕭何(しょうか)と話し合った。 b蕭何は韓信を並々ならぬ優れた人物だと思った。 c南鄭(なんてい)まで来ると、将軍たちで、逃げ出すものが数十人もいた。 d(そのさまを見た)韓信は「蕭何たちがこれまで、何度も(自分を重く取り立てるように漢王に)言上してくれたのにもかかわらず、漢王は(この自分を)お取立てにはならない。」と考えた。
即亡。何聞信亡,不及以聞,自追之。人有言上。曰、「丞相何亡。」上大怒,如失左右手。居一二
↓ 《書き下し文》
e即(すなは)ち亡ぐ。 f何信の亡ぐるを聞き,以て聞(こき)ゆるに及ぱず,自ら之を追ふ。 g人上(しょう)に言(つ)ぐるもの有り。h曰はく、「丞相(じようしやう)何亡(に)ぐ。」と。 i上大いに怒り,左右の手を失ふがごとし。j居ること
↓ 《現代語訳》
e(そこで)すぐさま逃げ出してしまった。 f蕭何は韓信が逃亡したことを聞くと、(漢王に)言上(げんじょう)するいとまもなく、自分で彼を追いかけた。g(このことを)だれかが漢王に申し上げた。 h「蕭宰相(さいしょう)が逃亡されました。」と。i漢王は大いに怒り、まるで左右の手を失ったかのようであった。 jそのまま
日,何來謁上。上且怒且喜,罵何曰、「若亡,何也。」何曰、「臣不敢亡也。臣追亡者。」上曰、
↓ 《書き下し文》
一二日(いちににち),何來たりて上に謁(えつ)す。k上且(か)つ怒り且つ喜びて,何を罵(ののし)りて曰く、「若(なんぢ)亡ぐるは何ぞや。」。l何曰く、「臣敢(あ)へて亡げざるなり。臣亡ぐる者を追ひしなり。」 m上曰はく、
↓ 《現代語訳》
一二日が経過し、蕭何が参内して謁見した。k漢王は腹が立つやらうれしいやらであった。(そして)蕭何を怒鳴りつけて言うには、「お前が逃げたのはどういうわけだ。」と。l蕭何は「わたしはなにも逃げは致しません。わたしは逃亡した者を追っかけたのでございます。」と答えた。m漢王は
「若所追者誰。」曰、「韓信也。」上復罵曰、「諸將亡者以十數,公無所追。追信詐也。」何曰、「諸
↓ 《書き下し文》
「若追ふ所の者は誰ぞや」と。 n曰はく、「韓信なり。」o上復(ま)た罵りて曰はく、「諸將の亡ぐる者十を以つて數ふるに,公追ふ所無し。信を追ひしは詐(いつ)はりなり。」と p。何曰はく、
↓ 《現代語訳》
「お前が追っかけたというのはいったい誰じゃ。」 n蕭何「韓信でございます。」 o(すると)漢王はまた大きな声で怒鳴りつけて言うには、「将軍たちで逃亡した者は何十人というのに、(これまで)そちは(その連中を)追っかけたことはなかった。韓信を追っかけたなんぞ、まっかな嘘じゃろ。」 p蕭何は「ほかの
將易得耳。至如信者,國士無雙。王必欲長王漢中,無所事信。必欲爭天下,非信無所與計事者。
↓ 《書き下し文》
「諸將は得易(やす)きのみ。信のごとき者に至りては,國士無雙なり。 q王必ず漢中に長く王たらんと欲せば,信を事(もち)ふる所無し。 r必ず天下を爭はんと欲せば,信に非(あら)ずんば與(とも)に事を計る所の者無し。
↓ 《現代語訳》
将軍たちは簡単に得られます。が、韓信のような人物となると、国中に二人といない逸材(=国士無双)でございます。 q大王がどうしても末永くこの漢中で王でいたいとお思いになられるのならば、韓信を問題になさる必要はありません。(しかし) rぜひとも天下を争おうとお思いになるのならば、韓信をおいてほかには天下の大事をはかる者はございません。
顧王策安所決耳。」王曰、「吾亦欲東耳。安能鬱鬱久居此乎。」何曰、「王計必欲東,能用信,信即
↓ 《書き下し文》
s顧(た)だ王の策安(いづ)れか決する所なるのみ。」と。a王曰はく、「吾も亦た東(ひがし)せんと欲するのみ,安(いづく)んぞ能(よ)く鬱鬱(うつうつ)として久しく此(ここ)に居らんや」と。 b何曰はく、「王の計必ず東せんと欲し,能く信を用ふれば,信即ち
↓ 《現代語訳》
sただ大王のお考えがどちらに決定されるかと言うことだけのことでございます。」a王は、「わしとても東へ出て、天下を制圧したいと考えているのじぁ。どうして鬱々としていつまでもこんな所にくすぶっておるものか。」と言った。 b蕭何は「大王のお考えが何としても東へ出て、天下を制圧しようとして、韓信を十分お用いになるならば、韓信はすぐにも
留。不能用,信終亡耳。」王曰、「吾為公以為將。」何曰、「雖為將,信必不留。」王曰、「以為
↓ 《書き下し文》
留(とど)まらん。用ふる能(あた)はずんば,信終(つひ)に亡(に)げんのみ。」と。 c王曰はく、「吾(われ)公の為に以つて將と為(な)さん。」と。 d何曰はく、「將と為すと雖(いへど)も,信必ず留まらざらん。」と。e王曰はく、「以つて
↓ 《現代語訳》
踏みとどまります。(万一)十分お用いになることがおできにならないのならば、韓信は結局逃げ出すばかりでございます。」と言った。c王が言うには、「(それなら)わしはそちの顔を立てて、(韓信を)将校に取り立てよう。」と。 d蕭何は「将校くらいでは、韓信はきっととどまらないと存じます。」と言った。 e王は「それじぁ、韓信を
大將。」何曰、「幸甚。」
↓ 《書き下し文》
大將と為さん。」と。f何曰はく、「幸甚「かうじん」なり。」と。
↓ 《現代語訳》
大将に任命しよう。」と言った。f蕭何は「ありがたき幸せ(幸甚)に存じます。」と言った。
於是王欲召信拜之。何曰、「王素慢無禮,今拜大將如呼小兒耳。此乃信所以去也。王必欲拜之,擇良日齋戒、設壇場具禮,乃可耳。」王許之。諸將皆喜,人人各自以為得大將。至拜大將,乃韓
↓ 《書き下し文》
是(ここ)に於いて王信を召して之を拜せんと欲す。何曰はく、「王は素(もと)より慢にして禮(れい)無し、今大將を拜するに小兒を呼ぶが如きのみ。,此れ乃ち信去る所以(ゆゑん)なり。王必ず之を拜せんと欲せば,良日を擇(えら)び,齋戒し,壇場を設(まう)けて,禮を具(そな)へよ。 e乃ち可なるのみ。」 f王之(これ)を許す。g諸將皆喜び,人人各ゝ(おのおの)自(みづか)ら以為(おも)へらく、大將を得んと。 h大將を拜するに至れば,乃ち
↓ 《現代語訳》
吉日を選び、斎戒して身を清め、広場に高台をしつらえて、礼を尽くされますように。eそれでこそ始めて総大将を任命するにふさわしいといえるのでございます。」と言った。f王は(蕭何の申し出を)承諾した。 g将軍たちはみな喜び、それぞれが、自分こそ大将の地位が得られるぞと考えた。 h(ところが)大将が任命されたのを見ると、(なんと)
信也,一軍皆驚。
↓ 《書き下し文》
韓信なり,一軍皆驚く。
↓ 《現代語訳》
韓信だったのである。全軍皆驚いた。
信拜禮畢上坐。王曰、「丞相數ゝ言將軍,將軍何以教寡人計策。」信謝因問王曰、「今東 ※
↓ 《書き下し文》
a信拜禮(はいれい)畢(をは)りて坐に上(のぼ)る。王曰はく、「b丞相(じようしやう)數ゝ(しばしば)將軍を言へり。 c將軍何を以つて寡人に計策を教ふるや」と。 d信謝し,因りて王に問ひて曰はく、「 e今東?して
↓ 《現代語訳》
a韓信は任命式を終えて大将の座に着席した。王は(韓信に向かって)「b宰相の蕭何はそちの(優秀さを)たびたび話してくれた。 c(それほどの)そちはこのわしにいったいどんな策を授けてくれるのじゃ。」と。 d韓信は王の恩恵を感謝し、それから王に尋ねた。「eただ今、東に
向爭權天下,豈非項王邪。」漢王曰、「然。」曰、「大王自料、勇悍仁彊孰-與項王。」漢王默然
↓ 《書き下し文》
權を天下に爭ふは,豈に項王に非(あら)ずや。」と。漢王曰はく、「 f然(しか)り。」と。曰はく、「 g大王自(みづか)ら料(はん)るに、勇悍仁彊(ゆうかんじんきやう)なること項王に孰與(いづれ)ぞや。」と。h漢王默然として。
↓ 《現代語訳》
向かって天下に権力を争う相手は、多分項王ではありませんか。」と。漢王は「 fさようじゃ。」と言った。韓信は「 g大王がご自分で推量なさるのに、勇猛さ、慈愛の深さの点で、項王とどちらがまさっておいででしょうか。」と訊いた。 h漢王はしばらく黙りこくっていた。
良久。曰、「不如也。」信再拜賀曰、「惟信亦為大王不如也。然臣嘗事之。請言項王之為人也。
↓ 《書き下し文》
良(やや)久し。曰はく、「 i如(し)かざるなり。」と。 j信再拜し賀して曰はく、「 k惟(こ)れ信も亦た大王は如(し)かざずと為す。l然(しか)れども臣嘗(かつ)て之に事(つか)ふ。 m請ふ項王の人と為(な)りを言はん。
↓ 《現代語訳》
しばらくそのままだった。そして言った。「 i(わしは項王に)とてもおよばん。」と。j韓信は再拝の礼を行い、王をたたえ(正しい返事があったので、ほめる代わりに「賀」したのです)てから言った。「 kこのわたしも(お説の通り)大王の方が及ばないと存じます。lしかしながら、私は以前項王に仕えたことがございます。 m(ですから)項王の人柄を申し上げさせていただきましょう。
項王 ※暗悪叱咤,千人皆廢。然不能任-屬賢將,此特匹夫之勇耳。項王見人、恭敬慈愛,言
↓ 《書き下し文》
n項王??叱咤(いんをしつた)すれば,千人皆廢す。 o然(しか)れども賢將に任屬する能(あた)はず,此れ特(た)だ匹夫(ひつぷ)の勇のみ。 p項王人に見(まみ)ゆれば、恭敬慈愛(けようけいじあい),言
↓ 《現代語訳》
n項王が怒って大声でどなりつけますと、千人の者は皆思わずひれ伏してしまいます。 oしかしながら立派な将軍に(仕事を)任すことができません。これではただ単に思慮分別のない凡夫の勇にすぎません。 p項王は人に接するときには礼儀正しく丁寧で、温情にあつく、言葉
語嘔嘔。人有疾病,涕泣分食飲、至使人有功當封爵者,印 ※玩敝,忍不能予。此所謂婦人之
↓ 《書き下し文》
語嘔嘔(げんごくく),人に疾病(しつぺい)有れば,涕泣(ていきゆう)して食飲を分かつも,人を使ひて功の封爵に當たる者有るに至りては,印?敝(いんがんぺい)して,忍んで予(あた)ふる能はず。q此れ所T謂(いはゆる)婦人の
↓ 《現代語訳》
遣いはまことにやさしいのです。人が病気にでもなれば涙を流して飲食物を分け与えるということはしても、自分の部下を使って(その部下に)土地や爵位を授けるほどの手柄や功績を立てたものが出たとなりますと、授けるべき印が磨り減ってしまうくらい、手の中でもてあそび、未練がましくして渡すことができません。 qこのようなしぐさは、いわゆる婦人の
仁也。項王雖霸天下而臣諸侯,不居關中而都彭城。有背 ※義帝之約。而以親愛王諸侯不
↓ 《書き下し文》
仁なり。 r項王天下に霸として諸侯を臣とすと雖も,關中に居らずして彭城(ははうじやう)に都す。 s義帝の約に背(そむ)く有り。a而(しか)も親愛せるを以て諸侯を王とせしは平(たひ)らかならず。 と。
↓ 《現代語訳》
仁というものでございます。 r項王は天下の覇者となり、諸侯を己の臣下としておりますが、(秦の故地である)関中に居を定めず、彭城(楚)に都を置いています。 s義帝(懐王)との約束に背いた点があります。aしかも親しくかわいがっているという理由で、諸侯を王として取り立てたのは公平では
平。諸侯之見項王遷逐義帝置江南,亦皆歸逐其主、而自王善地。項王所過、無不殘滅者。天下
↓ 《書き下し文》
b諸侯の項王が義帝を遷逐して江南に置くを見しものも,亦た皆歸りて其の主(しゆ)を逐(お)ひ、自(みづか)ら善地(ぜんち)に王たり。 c項王の過ぐる所、殘滅(ざんめつ)せざる者無し。 d天下多く怨み,
↓ 《現代語訳》
ございません。b項王が義帝を追放して江南に移したのを見た諸侯も、皆帰国すると、己の主君を追放し、自分がよい土地の王に収まっております。 c項王が通ったあとのまちで、破壊し滅ぼさなかった所はありません。d(そういうわけでございますから)世の
多怨,百姓不親附。特劫於威彊耳。名雖為霸,實失天下心。故曰、『其彊易弱』。今大王誠能反、
↓ 《書き下し文》
百姓(ひやくせい)親附(しんぷ)せず,特(た)だ威彊(ゐきやう)に劫(おびや)かさるるのみ。e名は霸(は)たりと雖(いへど)も,實は天下の心を失へり。故に曰く、「其の彊(つよ)きは弱め易(やす)し。」a今大王誠に能く其の道に反して、
↓ 《現代語訳》
多くの人々が項王を恨み、国民はなつかないのでございます。ただ、その威勢に脅かされているにすぎません。e名目だけは天下に覇を唱えてはおりますけれど、その実、国民の心を失っているのです。ですから、『強いものは弱くしやすい』と申します。a今、大王が本当に項王と反対のやり方をとることがおできになり、
其道任天下武勇,何所不誅。以天下城邑封功臣,何所不服。以義兵從思東歸之士,何所不散。
↓ 《書き下し文》
天下の武勇に任(にん)ぜば,何の誅せざる所あらん。 b天下の城邑(じやういふ)を以て功臣に封(ほう)ぜば,何ぞ服せざる所あらん。 c義兵を以て東に歸るを思ふの士を從ふれば,何の散(さん)ぜざる所あらん。 d且(か)つ
↓ 《現代語訳》
世の中の武勇に優れた者をご信任になるならば、項王を誅殺できないはずがございません。 b天下の町々を手柄のあった臣下にお下しになれるのならば、誰だって服従いたします。 c正義を旗印として兵を進め、東に帰りたがっている兵士たちを従えれば、撃破できぬ相手はありません。
且三秦王為秦將。將秦子弟數?矣。所殺亡不可勝計。又欺其衆降諸侯,至新安,項王詐 ※抗
↓ 《書き下し文》
三秦の王は秦の將たり。 e秦の子弟を將(ひき)ゐること數?(すうさい)なり。 f殺亡(さつぼう)する所勝(あ)げて計(かぞ)ふるべからず。 g又其の衆を欺(あざむ)きて諸侯に降(くだ)り,新安に至り,項王詐(いつは)りて秦の
↓ 《現代語訳》
dしかも、三秦の将たちは(元はと言えば)秦の将軍たちでございます。 e(その将軍たちは)秦の若者を率いて戦うこと数年でございました。 f(そして)そのために死んでいった者は数えきれないほどでございます。 gまた、(その上)部下の兵士を欺いて諸侯に降伏し、新安にやってくると、項王はだまし討ちにして、
秦降卒二十餘萬,唯獨邯・欣・翳得脱。秦父兄怨此三人,痛入骨髓。今楚彊以威王此三人,秦
↓ 《書き下し文》
降卒二十餘萬を?(あな)にし,唯だ獨り邯(かん)・欣(きん)・翳(えい)のみ?するを得たり。 h秦の父兄の此(こ)の三人を怨み,痛み骨髓に入(い)る。今楚は彊(し)ひて威を以て此三人を王とすも,秦の民
↓ 《現代語訳》
秦の兵で降伏した者二十四万人を生き埋めにして殺し、ただ邯(かん)・欣(きん)・翳(えい)の三人だけがその難を免れることができたのでございます。(それですから)秦の父兄はこの三人を恨み、h悲痛の思いは骨の髄までしみこんでいます。a今、楚の項王は強引に己の威を頼み、これらの三人を王として立てていますが、秦の
民莫愛也。大王之入武關,秋豪無所害,除秦苛法,與秦民約,法三章耳。秦民無不欲得大王
↓ 《書き下し文》
愛すること莫(な)きなり。b大王の武關に入るや,秋豪(しうがう)も害する所無く,秦の苛法を除き,秦の民と約するに,法三章のみ。 c秦の民大王の秦に王たるを得るを欲せざる者無し。
↓ 《現代語訳》
人民は(誰一人として)彼らを信愛する者はございません。b(それに引き比べ)大王が武漢にご入城になるや、ごくわずかなものも損なわれることなく、秦のむごい法律を廃して、秦の民に約されたのは三か条の法律だけでした。 c秦の国民で大王が王になられることを希望しないもの
王秦者。於諸侯之約,大王 當王關中,關中民咸知之。大王失職入漢中,秦民無不恨者。今
↓ 《書き下し文》
d諸侯の約に於(おい)て,大王當(まさ)に關中に王たるべく,關中の民咸(みな)之を知る。 e大王職を失ひて漢中に入るや,秦の民恨まざる者無し。 f今大王舉(こぞ)りて
↓ 《現代語訳》
はおりません。d諸侯間の約束で、大王が当然関中の王になられてしかるべきお方であり、関中の民はみなそのことを知っております。 e(ところが意外にも項羽の横車にあい)関中で王たるべき地位を失い、漢中に行っておしまいになった時は、秦の民はがっかりして、残念がらないものはありませんでした。f(ですから)今、
大王舉而東,三秦可傳檄而定也。」於是漢王大喜,自以為得信晩。遂聽信計,部署諸將所撃。【淮陰侯列傳第三十二】
↓ 《書き下し文》
東せば,三秦は檄を傳(つた)へて定むべきなり。」と。 g是(ここ)に於いて漢王大いに喜び,自(みづか)ら以為(おも)へらく、「信を得ること?(おそ)し。」と。 h遂(つひ)に信の計を聽き,諸將の?つ所を部署す。
↓ 《現代語訳》
大王が兵をまとめて大挙して東に進撃されたならば、三秦の地は、檄文をとばすだけで平定できるでありましょう。」と。gすると、項王は大いに喜び、自分の心中で「韓信をもっと早く自分のものにすればよかった。」と(反省した)。 h(そして)そのまま韓信の計略を聞き入れ、諸侯たちの攻撃目標を定め、それぞれの任務を割り振りしたのだった。
※向…本来は「郷の下に向」の漢字。
※暗悪…本来の漢字は、「口ヘンに音」と「口ヘンに悪」の漢字。
※義帝之約…最初に咸陽を占領した者を秦の王とするとした義帝との約束。
※玩敝…「玩」は本来は「元にツクリがリ」の漢字。
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