梶井基次郎「檸檬」2/2(ある日の朝 〜結末)  問題

 ある朝――その頃私は甲の友達から乙の友達へというふうに友達の下宿を転々として暮らしていたのだが――友達が学校へ出てしまったあとの空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残された。私はまたそこから彷徨い出なければならなかった。何かが私を追いたてる。そして街から街へ、先に言ったような裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ち留まったり、(    )屋の乾蝦や棒鱈や湯葉を眺めたり、とうとう私は二条の方へ寺町を下り、そこの果物屋で足を留めた。ここでちょっとその果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知っていた範囲で最も好きな店であった。そこは決して立派な店ではなかったのだが、果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗りの板だったように思える。何か華やかな美しい音楽の快速調の流れが、見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面――的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったというふうに果物は並んでいる。青物もやはり奥へゆけばゆくほど堆高く積まれている。――実際あそこの人参葉の美しさなどは素晴しかった。それから水に漬けてある豆だとか慈姑だとか。
 またそこの家の美しいのは夜だった。寺町通はいったいに賑かな通りで――と言って感じは東京や大阪よりはずっと澄んでいるが――飾窓の光がおびただしく街路へ流れ出ている。それがどうしたわけかその店頭の周囲だけが妙に暗いのだ。もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かったのが瞭然しない。しかしその家が暗くなかったら、あんなにも私を誘惑するには至らなかったと思う。 Bもう一つはその家の打ち出した廂なのだが、その廂が眼深に冠った帽子の廂のように――これは形容というよりも、「おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞ」と思わせるほどなので、廂の上はこれも真暗なのだ。そう周囲が真暗なため、店頭に点けられた幾つもの電燈が驟雨のように浴びせかける絢爛は、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しい眺めが照らし出されているのだ。裸の電燈が細長い螺旋棒をきりきり眼の中へ刺し込んでくる往来に立って、また近所にある鎰屋の二階の硝子窓をすかして眺めたこの果物店の眺めほど、その時どきの私を興がらせたものは寺町の中でも稀だった。
 その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬が出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗かった憂鬱が、そんなものの一顆で紛らされる――Cあるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。
 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。その熱い故だったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。
 私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅いでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲つ」という言葉が断れぎれに浮かんで来る。そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか身内に元気が目覚めて来たのだった。……
 実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える――それがあの頃のことなんだから。
 私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を濶歩した詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思ったり、
 ――つまりはこの重さなんだな。――
 その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。
 どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは丸善の前だった。 D平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた
「今日は一つ入ってみてやろう」そして私はずかずか入って行った。
 しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。香水の壜にも煙管にも私の心はのしかかってはゆかなかった。憂鬱が立て罩めて来る、私は歩き廻った疲労が出て来たのだと思った。私は画本の棚の前へ行ってみた。画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな! と思った。しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る。それも同じことだ。それでいて一度バラバラとやってみなくては気が済まないのだ。それ以上は堪らなくなってそこへ置いてしまう。以前の位置へ戻すことさえできない。私は幾度もそれを繰り返した。とうとうおしまいには日頃から大好きだったアングルの橙色の重い本までなおいっそうの堪えがたさのために置いてしまった。――なんという呪われたことだ。手の筋肉に疲労が残っている。私は憂鬱になってしまって、自分が抜いたまま積み重ねた本の群を眺めていた。
 以前にはあんなに私をひきつけた画本がどうしたことだろう。一枚一枚に眼を晒し終わって後、さてあまりに尋常な周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前には好んで味わっていたものであった。……
「あ、そうだそうだ」その時私は袂の中の檸檬を憶い出した。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、 E一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」
 私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。私は手当たり次第に積みあげ、また慌しく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪な幻想的な城が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。
 やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。そしてそれは上出来だった。
 見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、 カーンと冴えかえっていた。私は埃っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。
 不意に F第二のアイディアが起こった。その奇妙なたくらみはむしろ 私をぎょっとさせた
 ――それをそのままにしておいて私は、なに喰わぬ顔をして外へ出る。――
 私は変にくすぐったい気持がした。「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」そして私はすたすた出て行った。
 変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたら Gあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろう」
 そして 私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている京極を下って行った。

問1 の空欄に文意が通るよう適当な漢字2字を記しなさい。★

問2 Bもう一つに対応する一つはどういうことか、簡潔に説明しなさい。★★★

問3 Cあるいは不審なことが、逆説的なほんとうであったとは、ここでは具体的にはどういうことか。文意に即して80〜90字で説明しなさい。★★★

問4 D平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えたとあるが、それはなぜか。その理由を二十字以内で述べなさい。★★

問5 E一度この檸檬で試してみたらとは、どういうことを試そうとしているのか、簡潔に記しなさい。★★

問6 F第二のアイディアに対して「第一のアイディア」にあたる箇所はどこか。最初と最後の各5字を示しなさい(句読点は含まない)。★★


advanced Q.1 「そこの家の美しいのは夜だった」とあるが、それは結局どういう美しさなのか、一文にまとめて述べなさい。

advanced Q.2 「それがあの頃のことなんだから。」の「それ」の指示内容は何か。具体的に説明しなさい。

advanced Q.3 「わたし」が「檸檬」を買った理由を簡潔に記しなさい。

advanced Q.4 カーンと冴えかえっていたという描写は、「わたし」のどのような精神状況を表現したものか、わかりやすく説明しなさい。

advanced Q.5 「私をぎょっとさせた」のはなぜか、簡潔に説明しなさい。

advanced Q.6 「あの気詰まりな丸善」について、「私」にとって「丸善」がなぜ「気詰まり」なものになるのか、小説全体を読んで推測される理由を、『「私」には「丸善」が…から。』という言い方で所見を述べなさい。

advanced Q.7 advanced Q.6 私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている京極を下って行った。という結末の部分を、「活動写真の看板画」という表現に注目して説明した次の一文の空欄を、本文中から適切な語句で埋めなさい。

 【 ア 】の中で【 イ 】を起こした丸善も、結局は現実に変わらないものであり、【 ウ 】は「わたし」の想像上の世界を意味し、【 エ 】の奇体な彩りは相変わらず「わたし」の精神状態を暗示している。そして変わりない日常に「わたし」は戻っていく。



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梶井基次郎「檸檬」2/2(ある日の朝 〜結末)  exercise

 ある朝―其頃私は甲の友達から乙の友達へといふ風に友達の下宿を轉々として暮してゐたのだが―友達が學校へ出てしまつたあとの空虚な空氣のなかに【  @  】一人取り殘された。私はまた其處から彷徨ひ出なければならなかつた。何かが私を追ひたてる。そして街から街へ、先に云つたやうな裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ち留つたり、乾物屋の乾蝦や棒鱈や湯葉を眺めたり、たうとう私は二條の方へ寺町を下り其處の果物屋で足を留めた。ここでちょっと其の果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知つてゐた範圍で最も好きな店であつた。其處は決して立派な店ではなかつたのだが、 A果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。果物は可成り勾配の急な臺の上に竝べてあつて、その臺といふのも古びた黒い漆 aりの板だつたやうに思へる。何か華やかな美しい音樂の快速調の流れが、見る人を石に化したといふゴルゴンの鬼面−−的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴオリウムに bり固まつたといふ風に果物は竝んでゐる。青物もやはり奧へゆけばゆくほど堆高く積まれてゐる。 實際あそこの人參葉の美しさなどは素晴らしかつた。それから水に漬けてある豆だとか慈姑だとか。
 また A其處の家の美しいのは夜だつた。寺町通は一體に賑)かな通りで―と云つて感じは東京や大阪よりはずつと cんでゐるが―飾窓の光がおびただしく街路へ流れ出てゐる。それがどうした譯かその店頭の周圍だけが妙に暗いのだ。 Bもともと片方は暗い二條通に接してゐる街角になつてゐるので、暗いのは當然であつたが、その隣家が寺町通にある家にも拘らず暗かつたのがはつきりしない。然しその家が暗くなかつたらあんなにも私を誘惑するには至らなかつたと思ふ。 Bもう一つはその家の打ち出した廂なのだが、その廂が眼深に冠つた帽子の廂のやうに―これは形容といふよりも、「おや、あすこの店は帽子の廂をやけに下げてゐるぞ」と思はせるほどなので、廂の上はこれも眞暗なのだ。さう周圍が眞暗なため、店頭に點けられた幾つもの電燈が驟雨のやうに浴せかける絢爛は、周圍の何者にも奪はれることなく、ほしいままにも美しい眺めが照し出されてゐるのだ。 C裸の電燈が D細長い螺旋棒をきりきり眼の中へ刺し込んで來る往來に立つて、また近所にある鎰屋の二階の硝子窓をすかして眺めたこの果物店の眺めほど、その時どきの私を興がらせたものは寺町の中でも dマレだつた。
 その日私は何時になくその店で買物をした。といふのはその店には珍らしい檸檬が出てゐたのだ。檸檬など極くありふれてゐる。が其の店といふのも見すぼらしくはないまでもただあたりまへの八百屋に過ぎなかつたので、それまであまり見かけたことはなかつた。一體私はあの檸檬が好きだ。レモンヱロウの繪具をチユーブから搾り出して固めたやうなあの單純な色も、それからあの丈の詰つた紡錘形の恰好も。― C結局私はそれを一つだけ買ふことにした。 Dそれからの私は何處へどう歩いたのだらう。私は長い間街を歩いてゐた。終始私の心を壓へつけてゐた不吉な塊がそれを握つた瞬間からいくらか弛んで來たと見えて、私は街の上で非常に幸福であつた。あんなに執拗かつた憂欝が、そんなものの一顆で こeマギらされる― E或ひは不審なことが、逆説的な本當であつた。それにしても F心といふ奴は何といふ不可思議な奴だらう
 その檸檬の冷たさはたとへやうもなくよかつた。その頃私は肺尖を惡くしてゐていつも身體に熱が出た。 E事實友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の fニギり合ひなどをしてみるのだが私の掌が誰れのよりも熱かつた。その熱い故だつたのだらう、握つてゐる掌から身内に浸み透つてゆくやうなその冷たさは gココロヨいものだつた。
 私は何度も何度もその果實を鼻に持つて行つては嗅いでみた。それの産地だといふカリフオルニヤが想像に上つて來る。漢文で習つた「賣柑者之言」の中に書いてあつた「鼻を撲つ」といふ言葉が斷れぎれに浮んで來る。そして【  F  】胸一杯に匂やかな G空氣を吸ひ込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかつた私の身體や顏には温い血のほとぼりが昇つて來て何だか身内に元氣が目覺めて來たのだつた。……
 實際あんな單純な冷覺や觸覺や嗅覺や視覺が、ずつと昔からこればかり探してゐたのだと云ひたくなつたほど私にしつくりしたなんて私は不思議に思へる−−それがあの頃のことなんだから。
 私はもう往來を輕やかな昂奮に彈んで、一種誇りかな氣持さへ感じながら、美的裝束をして街を濶歩した詩人のことなど思ひ浮べて歩いてゐた。汚れた手拭の上へ載せて見たりマントの上へあてがつて見たりして色の反映を量つたり、またこんなことを思つたり、
  ―つまりは此の重さなんだな。―
 その重さこそ常づね私が hタズねあぐんでゐたもで、疑ひもなくこの重さは總ての善いもの總ての美しいものを重量に換算して來た重さであるとか、思ひあがつた諧謔心からそんな馬鹿げたことを考へてみたり―何がさて私は幸福だつたのだ。
 どこをどう歩いたのだらう、私が最後に立つたのは丸善の前だつた。 G平常あんなに避けてゐた丸善が其の時の私には易々と入れるやうに思へた
「今日は一つ入つて見てやらう」そして私はづかづか入つて行つた。
 然しどうしたことだらう、私の心を充してゐた幸福な感情は段々逃げて行つた。香水の壜にも煙管にも私の心はのしかかつてはゆかなかつた。憂鬱が立てこめて來る、私は歩き廻つた疲勞が出て來たのだと思つた。私は畫本の棚の前へ行つて見た。畫集の重たいのを取り出すのさへ常に増して力が要るな! と思つた。然し私は一册づつ拔き出しては見る、そして開けては見るのだが、克明にはぐつてゆく氣持は更に湧いて來ない。然も H呪はれたことにはまた次の一册を引き出して來る。それも同じことだ。それでゐて一度バラバラとやつてみなくては氣が濟まないのだ。それ以上は堪らなくなつてそこへ置いてしまふ。以前の位置へ戻すことさへ出來ない。私は幾度もそれを繰り返した。たうとうおしまひには日頃から大好きだつたアングルの橙色の重い本まで尚一層の堪へ難さのために置いてしまつた。―何といふ呪はれたことだ。手の筋肉に疲勞が殘つてゐる。私は憂鬱になつてしまつて、自分が拔いたまま積み重ねた本を眺めてゐた。
 以前にはあんなに私をひきつけた畫本がどうしたことだらう。 H一枚一枚に眼を晒し終つて後、さてあまりに尋常な周圍を見廻すときのあの變にそぐはない氣持を、私は以前には好んで味はつてゐたものであつた。……
「あ、さうださうだ」その時私は袂の中の檸檬を憶ひ出した。本の色彩をゴチヤゴチヤに積みあげて、 I一度この檸檬で試して見たら。「さうだ」
 私にまた先程の輕やかな昂奮が歸つて來た。私は手當り次第に積みあげて、また iアワタダしく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き拔いてつけ加へたり、取り去つたりした。奇怪な幻想的な城が、その度に赤くなつたり青くなつたりした。
 やつとそれは出來上つた。そして輕く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据ゑつけた。そしてそれは上出來だつた。
 見わたすと、その檸檬の色彩は Jガチヤガチヤした色の階調をひつそりと紡錘形の身體の中へ吸收してしまつて、カーンと冴えかへつてゐた。私には埃つぽい丸善の中の空氣が、その檸檬の周圍だけ變に緊張してゐるやうな氣がした。私はしばらくそれを眺めてゐた。
 不意に K第二のアイデイアが起つた。その奇妙なたくらみは寧ろ私をぎよつとさせた。
 それをそのままにしておいて私は、何喰はぬ顏をして外へ出る。
 私は I變にくすぐつたい氣持がした。「出て行かうかなあ。さうだ出て行かう」そして私はすたすた出て行つた。
 變にくすぐつたい氣持が街の上の私を頬笑ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆彈を仕掛て來た奇妙な惡漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆發をするのだつたらどんなに面白いだらう。
 私はこの想像を熱心に追求した。「さうしたら Lあの氣詰りな丸善も粉葉みじんだらう」
 そして私は活動寫眞の看板畫が奇體な趣きで街を jイロドつてゐる京極を下つて行つた。

問1 a〜jのカタカナ部を漢字で記しなさい。

問2 @の空欄に次から適当な語を選び、記号をで記しなさい。
    イ しゅくしゅくと  ロ ぽつねんと  ハ ゆうぜんと  ニ だんこと  ハ まんぜんと

   A果物屋固有の美しさが具体的に述べてある箇所はどこか、その初めと終わりのそれぞれ3字を記しなさい。句読点・記号は数えません。

   Bもともとが直接かかるのは、次のどれか。
    イ 暗い  ロ 接している  ハ なっている  ニ 当然であった  ホ はっきりしない

   C裸の電燈がに照応する述語の部分を、10字以内で抜き出しなさい。

   D「細長い螺旋棒」とは何のことを、そう表現しているのか、わかりやすく言い換えなさい。

   E「事實」が直接かかる箇所を5字以内で抜き出しなさい。

   Fの空欄に次から適当な語を選び、記号を記しなさい。
    イ ふかぶかと  ロ ぜいぜいと  ハ ゆうぜんと  ニ ふうふうと  ハ ゆうゆうと

   G「空氣を吸ひ込めば」の「ば」と意味・用法の同じ「ば」を、次から一つ選びなさい。
    イ 大人になればわかることだ。  ロ 動けば危険だ。     ハ ふと時計を見れば6時だった。
    ニ 金を払えば品物を渡す。    ホ 歩けば3日の道のりだ。

   H「一枚一枚に眼を晒し終つて後、さてあまりに尋常な周圍を見廻すときのあの變にそぐはない氣持」とは、どんな心理から生まれてくるものか。次の中から最も適当なものを選び記号で答えなさい。
    イ 空想の世界から、一転現実の世界に目をやったときの違和感。
    ロ 美しい世界から、一転醜悪な世界に立ち戻ったときの失望感。
    ハ 珍しい世界から、一転見慣れた世界を垣間見たときの安堵感。
    ニ 芸術の世界から、一転日常の世界に引き戻されたときの落胆。

   I「變にくすぐつたい氣持」になったのはなぜか。次の中から最も適当なものを選び記号で答えなさい。

    イ 衝撃的な着想に自分自身で恐怖を感じたから。
    ロ 屈折した発想が自分自身で滑稽に思われたから。
    ハ 奇抜な想像に自分自身が照れてしまったから。
    ニ 幼稚な空想に自分自身少し恥ずかしく思ったから。
    ホ 時宜を得た着想だと得意になった自分自身が恥ずかしいと思ったから。

問3 A「そこの家の美しいのは夜だった」とあるが、それは結局どういう美しさなのか、一文にまとめて述べなさい。

   B「もう一つ」に対応する一つはどういうことか、簡潔に説明しなさい。

   C「結局私はそれを一つだけ買ふことにした」について、その理由を2つ、簡潔に述べなさい。

   D「それからの私は何處へどう歩いたのだらう」は、問題文の続く箇所でも「どこをどう歩いたのだろう」と繰り返されている。「私」はどうしてそのような状態になったのか。60〜90字で述べなさい。

   E「あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった」とは、ここでは具体的にはどういうことか。文意に即して80〜90字で説明しなさい。

   F「心といふ奴は何といふ不可思議な奴だらう」と思う理由を30字以内で説明しなさい。

   G「平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた」とあるが、それはなぜか。その理由を二十字以内で述べなさい。

   H「呪はれたことにはまた次の一册を引き出して來る」とは、「私」のどんな状態をどういうふうに感じているのか、わかりやすく説明しなさい。>

   I「一度この檸檬で試してみたら」とは、どういうことを試そうとしているのか、簡潔に記しなさい。

   J「ガチヤガチヤした色の階調」とは分かりやすくいうとどういうことか、25字以内で記しなさい。

   K「第二のアイデイアが起つた。その奇妙なたくらみは寧ろ私をぎよつとさせた」について、

    (1)「第二のアイデイア」に対して「第一のアイデイア」とは、具体的にはどういうアイ ディアなのか。

    (2)「第二のアイデイア」が「私をぎよつとさせた」のはなぜか、説明しなさい。

   L「あの気詰まりな丸善」について、「私」にとって「丸善」がなぜ「気詰まり」なものになるのか、小説全体を読んで推測される理由を、『「私」には「丸善」が…から。』という言い方で所見を述べなさい。


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