(ある時)入道殿〔藤原道長〕の土御門邸でご遊宴なさいました折に、「こういう催しに、権中納言〔藤原隆家〕がいないのは、やはりもの足りないなあ。」とおっしゃって、特にご案内を申し上げなさいましたが、そのうち、杯の数も重なって、人々は酔いが回って乱れなさって、(お着物の)紐を解いて(くつろいで)おりましたところ、この中納言〔隆家〕が参られましたので、一座の人々は居ずまいを正して、座り直したりなどなさいましたので、入道殿が(隆家公に)、「早く(お着物の)紐をお解きください。(せっかくの)興がさめてしまいましょう。」とおっしゃったところ、(隆家公はやはり)かしこまってためらっていらっしゃるのを、〔藤原〕公信卿が、後ろから、「(私が)解いてさしあげましょう。」と言って近寄りなさると、中納言殿はご機嫌がけわしくなって、「この隆家は不運なことがあるとはいえ、そなたたちにこんなふうに(なれなれしく)扱われるような身ではない。」と、荒々しくおっしゃるので、一座の人々はお顔色が変わりなさいましたが、中でも、今の民部卿の殿〔源俊賢〕は、上気して、人々のお顔をあれこれ見回しなさいながら、「ひと騒動起こるにちがいない。えらいことだなあ。」とお思いになっています。
入道殿は、お笑いになって、「今日は、そのような冗談ごとはなしにしていただきましょう。(隆家公のお紐は)道長が解いてさしあげましょう。」とおっしゃって、おそばへお寄りになって、ぱらぱらとお解き申し上げなさると、(隆家公は)「このような扱いこそ、当然のことですよ。」とおっしゃって、ご機嫌もお直りになって、前にそのままにして置かれてあった杯をお取りになって、何度も召し上がり、ふだんよりも羽目を外して遊び興じなさったありさまなど、実に好ましい態度でいらっしゃいました。殿〔道長〕も(隆家公を)非常にご歓待申し上げなさったことです。
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