源氏物語「忘れ形見」(玉鬘)   現代語訳

 「夕顔巻」で光源氏の愛人夕顔は生霊のため息絶えた。夕顔の侍女右近から夕顔に娘がいることを聞いた光源氏は、せめて形見にとその娘を探したが、居所はわからなかった。実は、夕顔の娘は、乳母(めのと)に伴われて筑紫(福岡県、当時は都人にとっては僻地になる)の大宰府に下っていたが、十数年やっと都に戻ってきて、初瀬寺で右近一行とめぐり合ったのを縁に、源氏邸に養女として引き取られ、玉鬘と呼ばれることとなった。次は、源氏が玉鬘と対面する場面である。


〔一〕

 @その夜、やがて、大臣の君渡りたまヘり。A昔、光る源氏などいふ名は聞きわたりたてまつりしかど、年ごろのうひうひしさに、さしも思ひきこえざりけるを、ほのかなる大殿油に、御几帳の綻びよりはつかに見たてまつる、いとど恐ろしくさヘぞおぼゆるや。B渡りたまふ方の戸を、右近かい放てば、「この戸口に入るべき人は、心ことにこそ」と笑ひたまひて、廂なる御座についゐたまひて、「灯こそいと懸想びたる心地すれ。親の顔はゆかしきものとこそ聞け、さも思さぬか」とて、几帳すこし押しやりたまふ。Cわりなく恥づかしければ、側みておはする様体など、いとめやすく見ゆれば、うれしくて、「いますこし光見せむや。あまり心にくし」とのたまへば、右近かかげてすこし寄す。D「面なの人や」とすこし笑ひたまふ。Eげにとおぼゆる御まみの恥づかしげさなり。Fいささかも他人と隔てあるさまにものたまひなさず、いみじく親めきて、「年ごろ御行く方を知らで、心にかけぬ隙なく嘆きはべるを、かうて見たてまつるにつけても、夢の心地して、過ぎにし方のことども取り添へ、忍びがたきに、えなむ聞こえられざりける」とて、御目おし拭ひたまふ。
↓ 現代語訳
 @その夜すぐに、大臣の源氏の君が(玉鬘のいる西の対に)いらっしゃった。A(玉鬘の侍女たちは)昔は、光る源氏などという御名は、ずっとお聞き申し上げていたが、長年(上流社会から)縁遠い状態であったので、それほど(素晴らしい方とは)思ってもいなかったが、ほのかな大殿油(おおとのあぶら)の光で、几帳(きちょう)の隙間からわずかに見て、その美しさにそら恐ろしさをおぼえた。Bこちらに来る方の妻戸を、右近が押し開けば、「この戸口に入る人は、特別な人だね」と笑って、廂(ひさし)の間に用意してあるお席におすわりになって、「灯火はなんともつやっぽい感じがするね。親の顔は見てみたいものだと聞いている。あなたもそうお思いになりませんか。」と言って、几帳を少し押しのけなさる。Cどうしようもないほど恥ずかしいので、顔を背けていらっしゃる姿などが、とても好ましく思えるので、源氏の君はうれしくなって、「もう少し光を明るくしてくれないか。奥ゆかしいにもほどがある。」とおっしゃるので、右近が火を明るくし少し近寄せなさる。D「無遠慮な人だなあ。」と言って少しお笑いなさる。E(明るくなった火でご覧になると)なるほど(右近の言った通り)(夕顔の子らしく美しい)と思わずにはいられない、御目元の美しさである。F少しも他人あつかいをせず、心隔てなくお言葉をおかけになり、とても親らしく、「長年御ゆくえが分からず思い出さない時はないほど嘆いていたのですが、こうしてお目にかかるにつけても、夢でも見ているような気がして、その上ずっと昔のさまざまのこともつけ加わって、涙をこらえきれなくなりまして、ものもろくに申し上げられません。」と言って、御目をぬぐいなさる。


〔二〕

 @まことに悲しう思し出でらる。A御年のほど数へたまひて、「親子の仲のかく年経たるたぐひあらじものを、契りつらくもありけるかな。今は、ものうひうひしく若びたまふべき御ほどにもあらじを、年ごろの御物語なども聞こえまほしきに、などかおぼつかなくは」と恨みたまふに、聞こえむこともなく恥づかしければ、「脚立たず沈みそめはべりにける後、何ごともあるかなきかになむ」とほのかに聞こえたまふ声ぞ、昔人にいとよくおぼえて若びたりける。Bほほ笑みて、「沈みたまへりけるを、あはれとも、今はまた誰かは」とて、心ばヘ言ふかひなくはあらぬ御答へと思す。C右近に、あるべきことのたまはせて、渡りたまひぬ。
↓ 現代語訳
 @ほんとうに悲しく(亡き夕顔のことが)どうしても思い出さずにはおいでになれない。A(玉鬘の)ご年齢をお数えになって、「親子の中で、このように(離れ離れで)過ごした例はなかったであろうに、何とも恨めしい前世の宿縁だったのです。今は不慣れらしく、子供っぽくいらっしゃるようなご年齢ではありますまい。この年月のつもるお話なども申し上げたいというのに、どうして打ち解けてくださらないのですか。」と恨みがましくおっしゃるが、お答えのしようがなく恥ずかしいので、「蛭の児よろしく、幼い頃に放浪しはじめましてのちは、何につけてもみじめなことばかりで。」とかすかにおっしゃる声は、あの亡き人(夕顔)にとてもよく似ていて若々しかった。B源氏の君はほほえんで、「放浪なさっていたあなたを、今は私以外にだれがあわれと思いましょうか。」とお答えになって、心くばりがまんざらでもない(玉鬘の)ご返事だとお思いになる。C右近に、世話して申し上げるべきことをお命じになって、お帰りになった。

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