長恨歌(「白氏文集」)3/3 白文/書き下し文/現代語訳
81上窮碧落下黄泉
上は碧落(へきらく)を窮め 下は黄泉
上は青空の果てまで、地は黄泉の国まで探し尽くしたが
82両処茫茫皆不見
両処茫茫(ばうばう)として 皆見へず
どちらも広々としてはてしなく、妃の魂魄を見出すことはできなかった
83忽聞海上有仙山
忽(たちま)ち聞く 海上に仙山有りと
そのうちに、ふとこんなことを耳にした、「海上に仙山というがあるという」と
84山在虚無縹緲間
山は虚無縹緲(へうべう)の間に在り
その山は何もない広々とした所にあって
85楼閣玲瓏五雲起
楼閣玲瓏(れいろう)として 五雲起こり
楼閣は透き通るように美しく、あたりには五色の雲が湧き上がっている
86其中綽約多仙子
其の中(うち)綽約(しやくやく)として 仙子多し
その中に若く美しい仙女がたくさんいる
87中有一人字太真
中に一人有り 字(あざな)は太真
そのうちのひとりに、太真という仙女がいる
88雪膚 花貌参差是
雪の膚(はだへ) 花の貌(かんばせ) 参差(しんし)として是(これ)ならん
雪のような膚、花のような容貌、そのようすは妃にほとんどそっくりである
89金闕西廂叩玉扉
金闕(きんけつ)の西廂(せいしやう)に 玉扉(ぎよくけい)を叩(たた)き
そこで方士は仙山を訪ね、黄金造りの御殿の西側の棟に言って、玉で飾られた扉を叩き案内を乞い
90転教小玉報双成
転じて小玉をして 双成に報ぜしむ
出てきた小玉に、さらに(妃の腰元である)双成に(自分が来たことを)伝えてもらう
91聞道漢家天子使
聞道(きくなら)く漢家天子の使ひなりと
漢の天子の使いであると聞いて
92九華帳裏夢魂驚
九華の帳裏 夢魂驚く
華麗な刺繍の帳の中で、夢を見ている(妃の)魂は驚き目覚める
93攬衣推枕起徘徊
衣を攬(と)り枕を推して 起(た)ちて徘徊す
衣装をまとい、枕を押しやって、立ち上がったものの、しばらくためらっていきつもどりつしたが
94珠箔銀屏麗施開
珠箔(しゆはく)銀屏(ぎんぺい)麗施(りい)として開く
やがて真珠の簾や銀の屏風が、次々と開かれていく
95雲鬢半偏新睡覚
雲鬢(うんびん)半ば偏りて 新たに睡(ねむ)りより覚め
雲のようにふさふさした鬢の毛は少し乱れて傾き、少し前に目覚めたばかりのふぜいで
96花冠不整下堂来
花冠整へず 堂を下り来たる
花の冠も整えないまま、奥に部屋から階段を下りて現れた
97風吹仙袂飄遙挙
風は仙袂(せんべい)を吹きて 飄遙(へいえう)として挙がり
風が吹き、仙女の袂はひろひらと舞い上がる
98猶似霓裳羽衣舞
猶ほ霓裳(げいしよう)羽衣の舞に似たり
それはまるであの霓裳羽衣の舞を舞っているようであった
99玉容寂寞涙闌干
玉容寂寞(せきばく) 涙闌干(らんかん)
しかし、玉のような容貌はさびしげで、涙がはらはらと流れるさまは
100梨花一枝春帯雨
梨花一枝 春雨を帯ぶ
まさしく、一枝の梨の花の上に、春の細かい雨がはらはらと降りかかってぬれているかのようであった
101含情凝睇謝君王
情を含み睇(ひとみ)を凝(こ)らして 君王に謝す
想いを込めてじっと見つめ、君王に謝辞を述べる
102一別音容両渺茫
一別音容 両(ふた)つながら渺茫(べうばう)
「お別れ以来、(玄宗皇帝の)声も姿もともにはるかに遠ざかり
103昭陽殿裏恩愛絶
昭陽殿裏 恩愛絶え
生前、昭陽殿で受けた寵愛も今は絶えてしまい
104蓬來宮中日月長
蓬來(ほうらい)宮中 日月(じつげつ)長し
ここ蓬來宮に来て、もう長い月日が過ぎ去りました
105迴頭下望人寰処
頭(かうべ)を迴(めぐ)らして 下人寰(じんくわん)の処(ところ)を望めば
(仙宮から)振り返って下界の人間世界を望みましても
106不見長安見塵霧
長安を見ずして 塵霧(ぢんむ)を見る
長安は見えず、ただ一面塵や霧が広がっているのがみえるばかりです
107唯将旧物表深情
唯だ旧物を将(もつ)て 深情を表し
今はただ昔をしのぶ形見の品によって、わたしの深い心の内を(天子に)お示し申したいと思います
108鈿合金釵寄将去
鈿合(でんがふ)金釵(きんさい) 寄せ将(も)ち去らしむ
それで(かつて天子からいただいた)螺鈿細工の小箱と黄金のかんざしを、(方士に)あづけてもっていただきましょう
109釵留一股合一扇
釵は一股(いつこ)を留め 合は一扇(いつせん)
かんざしは一方の足をこちらに残し、小箱は(蓋か本体の)一方をこちらに残します
110釵擘黄金合分鈿
釵は黄金を擘(さ)き 合は鈿を分かつ
かんざしは黄金造りであるのを二つに裂き、小箱は螺鈿のを分けます
111但令心似金鈿堅
但(た)だ心をして金鈿(きんでん)の堅きに似せしめば
と言いますのは、わたしたちの心が、この黄金や青貝の堅いように、堅く思いあっていさえすれば
112天上人間会相見
天上人間(じんかん) 会(かなら)ず相見(まみ)えんと
今は天上界と人間界に別れて住んでいても、いつかは必ず会うことができるでしょう」と
113臨別殷勤重寄詞
別れに臨んで殷勤(いんぎん)に 重ねて詞(ことば)を寄す
方士が別れ去ろうとすると、(妃の霊は)また丁寧に重ねてことづてをした
114詞中有誓両心知
詞中に誓ひ有り 両心のみ知る
その言葉の中には誓いの言葉があり、それは天子と妃の二人の心だけが知っている者であった
115七月七日長生殿
七月七日(しちがつしちじつ) 長生殿
それは、「七月七日(七夕の祭りの日)、長生殿で
116夜半無人私語時
夜半人無く 私語の時
誰もいない夜中、ささやき交わしたそのときの
117在天願作比翼鳥
天に在りては願はくは比翼の鳥と作(な)り
『天上おいては、どうか比翼の鳥となり
118在地願為連理枝
地に在りては願はくは連理の枝と為(な)らんと
地上においては、連理の枝となりたい』というものであった」
119天長地久有時尽
天は長く地は久しきも時有りて尽くとも
たとえ天地は長く久しいと言っても、いつかは尽きる時があろう
120此恨綿綿無絶期
此(こ)の恨み綿綿として 絶ゆるの期無からん
(しかし)天子と妃の相思別離の悲しい思いばかりはいつまでも続いて絶え果てる時がないであろう
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