長恨歌(「白氏文集」)2/3 白文/書き下し文/現代語訳
41君王掩面救不得
君王面を掩(おほ)ひて 救ひ得ず
天子は顔を覆うばかりで、(妃を)救うことができなかった
42迴看血涙相和流
迴(かえ)り看て血涙 相(あひ)和して流る
振りむいた顔には、血を交えた涙が流れるばかりであった
43黄埃散漫風蕭索
黄埃(くわうあい)散漫(さんまん) 風(かぜ)蕭索(せうさく)
やがて騒ぎが収まると、行列は、土ぼこりが舞い、風は物寂しく吹きつける中を進んでゆき
44雲桟?紆登剣閣
雲桟?紆(うんさんえいう) 剣閣(けんかく)に登る
雲がかかるほどの高い架け橋は、うねうねと曲がりくねり、剣閣山へと登るのであった
45峨眉山下少人行
峨眉山下 人の行くこと少(まれ)に
(ようやく)峨眉山のふもと(成都)にたどり着くと、道行く人も少なく
46旌旗無光日色薄
旌旗(せいき)光無く 日色薄し
天子の所在を示す旌旗は輝きを失い、日の光まで弱々しく薄く感じられる
47蜀江水碧蜀山青
蜀江(しよくかう)は水碧(みどり)にして 蜀山は青く
蜀江の水は深い緑色で満ち、蜀の山は青々と茂るも(、それを眺めるのつけても)
48聖主朝朝暮暮情
聖主朝朝 暮暮の情
天子の心は朝も日暮れも(妃を)恋い慕って悲しまれた
49行宮見月傷心色
行宮(あんぐう)に月を見れば 心を傷ましむるの色
そして仮の宮殿で月を見れば心を痛ませるご様子
50夜雨聞鈴腸断声
夜雨に鈴を聞けば 腸(はらわた)断つの声
雨の夜に駅伝の鈴の音を聞けばはらわたが断ち切れる思いでいらっしゃる
51天旋日転迴竜馭
天旋(めぐ)り日転じて 竜馭(りゆうぎよ)を迴(めぐ)らし
戦乱が収まり、天下の情勢が大きく変わると、天子(実は上皇)の御車は都へと帰ることとなったが
52到此躊躇不能去
此(ここ)に到りて躊躇して 去る能はず
途中馬嵬の地に差し掛かると、行きつ戻りつ立ち去りかねた
53馬嵬坡下泥土中
馬嵬(ばくあい)の坡下(はか) 泥土(でいど)の中(うち)
馬嵬の土手の下、泥の中には(楊貴妃が葬られ)
54不見玉顔空死処
玉顔を見ず 空(むな)しく死せし処(ところ)
かつての玉のような美しい顔は二度と見られず、(殺された)跡がむなしく残っているばかりであった
55君臣相顧尽霑衣
君臣相顧みて 尽(ことごと)く衣を霑(うるほ)し
天子も家来も互いに振りかえして、涙で旅衣を濡らし
56東望都門信馬帰
東のかた都門を望み 馬に信(まか)せて帰る
東に都の門を望みながら、馬の進むに任せて力なく帰ってゆく
57帰来池苑皆依旧
帰り来たれば 池苑(ちゑん)皆(みな)旧に依(よ)る
宮中に帰ってみると、池も庭も皆もとのままであり
58太液芙蓉未央柳
太液の芙蓉 未央の柳
太液池の蓮の花も、未央(びあう)宮の柳も(変わりがなかった)
59芙蓉如面柳如眉
芙蓉は面(おもて)の如く 柳は眉の如し
蓮の花は(在りし日の妃の)顔のよう、柳の葉は眉のよう
60対此如何不涙垂
此に対して 如何(いかん)ぞ涙の垂(た)れざらん
これを見て、どうして涙をながさずにおられようか
61春風桃李花開夜
春風桃李(たうり) 花開く夜
春の風に誘われ、桃や李の花が開く夜
62秋雨梧桐葉落時
秋雨梧桐(ごどう) 葉落つる時
秋の雨に梧桐(あおぎり)の葉が落ちる時などにも(、天子は妃を思い、特に堪えがたい心情になられる)
63西宮南苑多秋草
西宮(せいきゅう)南苑(なんゑん) 秋草多く
西の宮殿や南の庭園には、秋草が茂り
64宮葉満階紅不掃
宮葉階(きゆうようかい)に満ちて 紅(くれにゐ)掃(はら)はず
宮殿の庭に落ちた落葉が階を赤く染めても掃く人はいない
65梨園弟子白髪新
梨園(りゑん)の弟子(ていし) 白髪新たに
かって梨園で(舞楽を)親しく教えた弟子たちも、この頃めっきり白髪頭になり
66椒房阿監青娥老
椒房(せいばう)の阿監(あかん) 青娥(せいが)老いたり
若くて美しかった妃の部屋の監督の女官もすっかり衰えてしまった
67夕殿蛍飛思悄然
夕殿(ゆうでん)に蛍飛んで 思ひ悄然
夜の御殿に蛍が飛ぶのを見てもしょんぼりと思いにふけり
68孤灯挑尽未成眠
孤灯挑(かか)げ尽くして 未だ眠りを成さず
ただひとつともっている灯火のしんをかき立て、それが燃え尽きても、目はさえてねむられない
69遅遅鐘鼓初長夜
遅遅たる鐘鼓(しようこ) 初めて長き夜
時を告げる鐘や太鼓の音が遅く間延びして聞こえて、初めて夜が長く感じられ
70耿耿星河欲曙天
耿耿(かうかう)たる星河 曙(あ)けんと欲するの天
やがてかすかにぼんやりと(輝く)天の川の空が早くもあけようとする
71鴛鴦瓦冷霜華重
鴛鴦(ゑんあう)の瓦冷ややかにして 霜華重く
おしどりの形の屋根瓦は冷えて、霜の華は真っ白に重そうに厚く降り
72翡翠衾寒誰与共
翡翠(ひすい)の衾(ふすま)寒くして 誰と与共(とも)にせん
かわせみの縫い取りのある夜着も冷え冷えとして、いっしょに寝る人もいない
73悠悠生死別経年
悠悠たる生死 別れて年を経たり
(妃と)はるか遠く生と死の世界に分かれてから、長い年月がたったが
74魂魄不曾来入夢
魂魄(こんぱく)曾(かつ)て来たりて 夢にも入らず
(妃の)魂魄はこれまで天子の夢にさえ現れることがなかった
75臨功道士鴻都客
臨功(りんきよう)の道士 鴻都(こうと)の客
(このころ)臨?の道士が長安を訪れていた
76能以精誠致魂魄
能(よ)く精誠を以て 魂魄を致す
彼は真心を込めた念力で、魂を招き寄せることができる(ということであった)
77為感君王展転思
君王展転の思ひに感ずるが為に
眠れなく何度も寝返りを打つほどの天子の思慕の情に同情したので
78遂教方士殷勤覓
遂に方士をして 殷勤(いんぎん)に覓(もと)めしむ
方士に(妃の魂魄を)念入りに探し求めさせることにした
79排空馭気奔如電
空を排し気を馭(ぎよ)して 奔(はし)ること電(いなづま)の如く
方士は大空を押し開くようにしながら、気流に乗ってまるで稲妻のように走り
80昇天入地求之遍
天に昇り地に入り 之を求むること遍(あまね)し
天上に昇り、地下に潜込み、残るくまなく探し尽くした
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