源氏物語「須磨の秋/心づくしの秋風」(須磨)2/2 現代語訳

 前栽の花いろいろ咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、海見やらるる廊に出で給ひて、たたずみ給ふ御さまの、ゆゆしう清らなること、所がらはましてこの世のものと見え給はず。白き綾のなよよかなる、紫苑色など奉りて、こまやかなる御直衣、帯しどけなくうち乱れ給へる御さまにて、「釈迦牟尼仏弟子。」と名のりて、ゆるるかに読み給へる、また世に知らず聞こゆ。
 前栽の花も色とりどりに咲き乱れ、風情ある夕暮れに、海の見渡される廊にお出になって、たたずまれる様子が、不吉なほど美しいことは、(須磨という)場所が場所だけにいっそうこの世のものともお見えにならない。白い綾の柔らかな下着に、紫苑色の指貫などをお召しになって、濃い縹色の御平服に、帯は無造作にくつろいでいらっしゃるお姿で、「釈迦牟尼仏弟子。」と唱えて、ゆったりと経文を読んでいらっしゃる声は、これもまた世にたぐいなくすばらしく聞こえる。


 沖より舟どもの歌ひののしりて漕ぎ行くなども聞こゆ。ほのかに、ただ小さき鳥の浮かべると見やらるるも、心細げなるに、雁のつらねて鳴く声、楫の音にまがへるを、うちながめ給ひて、涙のこぼるるをかき払ひ給へる御手つき、黒き御数珠に映え給へるは、ふるさとの女恋しき人々の心、みな慰みにけり。
  初雁は恋しき人のつらなれや旅の空飛ぶ声の悲しき
とのたまへば、良清、
  かきつらね昔のことぞ思ほゆる雁はその世の友ならねども
民部大輔、
  心から常世を捨てて鳴く雁を雲のよそにも思ひけるかな
前右近将監、
  「常世出でて旅の空なるかりがねもつらにおくれぬほどぞ慰む
友惑はしては、いかに侍らまし。」と言ふ。親の常陸になりて下りしにも誘はれで、参れるなりけり。下には思ひくだくべかめれど、誇りかにもてなして、つれなきさまにしありく。
 沖のほうを多くの舟が大声で歌いながら漕いで行くのなども聞こえる。(その舟が)かすかで、ただ小さな鳥が浮かんでいるように見えるのも、心細い感じがするうえに、雁が列をなして鳴く声が、楫の音とよく似ているのを、もの思いにふけって眺めなさって、涙がこぼれるのをお払いになるお手つき、(それが)黒檀の御数珠に映えていらっしゃる(その美しさは)、都に残してきた女を恋しく思う人々の心も、みな慰められるのであった。
  初雁は… 初雁は恋しく思う都の人の仲間なのか。旅の空を飛ぶ声の悲しいことよ。
とおっしゃると、良清が、
  かきつらね… 次から次へと昔のことが浮かんできます。雁はそのころの友ではないのですが。
民部大輔は、
  心から… 自分からすすんで常世の国を捨てて鳴く雁を、雲の彼方のよそごとと思っていたことです。
前右近将監は、
  常世出でて… 常世の国を離れて旅の空にある雁も仲間にはぐれないうちは心も慰められることです。
友にはぐれたら、どんな(に心細いこと)でしょう。」と言う。(この人は)親が常陸介になって(任国に)下ったのにも同行しないで、(源氏のお供をして)参ったのであった。心の中では思い悩んでいるようだが、(表面は)快活に振る舞って、平気な様子で日を送っている。






 月のいとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりとおぼし出でて、殿上の御遊び恋しく、ところどころながめ給ふらむかしと思ひやり給ふにつけても、月の顔のみまもられ給ふ。「二千里外故人心。」と誦じ給へる、例の涙もとどめられず。入道の宮の、「霧や隔つる。」とのたまはせしほど、言はむ方なく恋しく、折々のこと思ひ出で給ふに、よよと泣かれ給ふ。「夜更け侍りぬ。」と聞こゆれど、なほ入り給はず。
  見るほどぞしばし慰むめぐりあはむ月の都ははるかなれども
その夜、上のいとなつかしう昔物語などし給ひし御さまの、院に似奉り給へりしも、恋しく思ひ出で聞こえ給ひて、「恩賜の御衣は今ここにあり。」と誦じつつ入り給ひぬ。御衣はまことに身放たず、傍らに置き給へり。
  憂しとのみひとへにものは思ほえで左右にもぬるる袖かな
 月がたいそう華やかに昇ったので、今夜は十五夜であったなあとお思い出されて、(清涼殿の)殿上の間での管弦の御遊びが恋しく、都のあの方この方ももの思いにふけってこの月を眺めていらっしゃるであろうよと思いやりなさるにつけても、月のおもてばかりを見つめてしまわれる。「二千里の外故人の心。」と口ずさまれると、(聞く人々は)いつものように涙をとめることもできない。入道の宮〔藤壺の宮〕が、「霧や隔つる。」とおっしゃったころが、言いようもなく恋しく、あの時この時のことを思いだしなさると、思わずおいおいと(しゃくりあげて)お泣きになる。「夜が更けてしまいました。」と(供人が源氏に)申し上げるが、やはり(奧に)お入りにならない。
  見るほどぞ… 見ている間はしばらく心が慰められる。再びめぐりあう京の都は、あの月の都のようにはるか彼方にあり、また、はるか先になることであるが
その夜、朱雀帝がたいそう親しみ深く昔話などなさった御様子が、桐壺院に似申し上げていらっしゃったことも、恋しく思い出し申し上げなさって、「恩賜の御衣は今ここにあり。」と口ずさみ口ずさみ(奧に)お入りになった。(朱雀院から賜った)御衣は(その詩句のとおり)身から放さず、すぐそばに置いていらっしゃる。
  憂しとのみ… 今の境遇がただつらいとだけとは思われない。帝のありがたいお心を思うと、(あれにつけ、これにつけ、)辛さと恋しさの二つの涙で袖が濡れることだ。


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